HỒI 1 – PHẦN 1
テントを叩く音。
それは風ではない。
乾いた、硬い砂粒の音だ。
私は、タナカ・ケンジ。物理学者だ。
今、私はサハラ砂漠の真ん中、リビア国境に近い「死の砂漠」と呼ばれる場所で、息を潜めている。
外は灼熱地獄のはずだ。
だが、このテントの中は、奇妙な静けさと冷気に満ちている。
私の手の中には、古い真鍮製の羅針盤がある。
アリス・ソーンが、彼の曾祖父の遺品だと言って持ってきたものだ。
私は、この羅針盤をもう一時間も見つめている。
針が、北を指していない。
いや、そもそも「どこか」を指していない。
針は、まるで重い油の中を泳ぐように、ゆっくりと、しかし確実に、
反時計回りに、回っている。
カチリ、カチリ、と微かな音を立てて。
この現象を説明できる物理法則を、私は知らない。
外で、荒い息遣いが聞こえる。
シャベルが砂を掻く音。
アリスだ。
彼は、また掘っている。
「ケンジ!起きてるか!」
アリスの声が、テントの布地を突き破ってきた。
私は羅針盤をポケットにねじ込み、外に出た。
夜明け前の砂漠は、青と紫のインクをこぼしたようだった。
だが、空気は重い。
電磁波の嵐の前に感じるような、肌がピリピリする感覚。
アリス・ソーン。
彼は歴史考古学者であり、今回の遠征の資金提供者だ。
彼は、第二次世界大戦の亡霊に取り憑かれている。
「何か見つけたのか、アリス」
彼は振り向いた。三十五歳の男だが、その目には狂信的な光が宿っている。
「見つけた、じゃない。感じたんだ」
彼はスコップを放り投げ、地面に膝をついた。
「ここだ。この下だ。日記の通りだ」
彼が持ってきたのは、一冊の古い日記だった。
革の表紙はボロボロになり、ナチスの鍵十字が焼き印されていた。
彼曰く、彼の曾祖父、アルブレヒト・ソーン博士の記録だという。
アルブレヒトは、戦争末期にサハラで行方不明になった、ナチスの科学者だった。
アリスは、世間が信じている「ロンメル将軍の隠し金塊」を探しに来たのではない。
彼は、物理学者である私を説得するために、東京の私の研究室まで来た。
「金塊の話はカモフラージュだ」
あの日、アリスは私のオフィスで熱弁した。
「彼らが見つけたのは、金じゃない。物理的な『特異点』だ」
彼は日記の一節を指差した。
ドイツ語で、こう書かれていた。
『時間は、我々が思うようには流れていない。この砂漠は、宇宙の傷口だ。我々は、神の領域に触れてしまった』
「馬鹿げている」と私は言った。
「これは科学ではなく、オカルトだ」
「だから君が必要なんだ、ケンジ」
アリスは私に、別のデータを見せた。
この地域の、過去七十年の衛星画像だ。
ある一点だけ、画像が常に「歪んで」いる。
磁気嵐。重力異常。
そして、この「死の砂漠」は、現代のどの地図からも、意図的に避けられているかのように、空白地帯になっている。
それが、我々が今、立っている場所だ。
「ザハラは?」と私が聞いた。
我々のガイドであり、ロジスティクスの専門家。
ザハラ・アル=ジャミル。
この砂漠で生まれた、トゥアレグ族の女性だ。
「彼女は反対している」とアリスは吐き捨てるように言った。
「彼女の一族の『伝説』がどうとか…」
その時、我々のキャンプの反対側から、ザハラ本人が歩いてきた。
彼女は三十代だが、その立ち居振る舞いは、まるで何世紀も生きてきたかのような静けさを持っている。
「やめなさい、ソーン博士」
彼女の声は低いが、砂嵐の中でも聞こえるほど、よく通る。
「ここは、あなた方の場所ではない。ここは『眠っている』場所よ」
「眠っているなら、起こしてやればいい」アリスは笑った。
「そのために、最新の機材を持ってきた」
ザハラは、アリスの隣にいる若い技術者、バオに目を向けた。
バオはまだ二十五歳。テクノロジーの申し子だ。
「バオ」とアリスが命じた。
「地中レーダー(GPR)の準備をしろ。この下をスキャンする」
バオはタブレットを取り出し、数回タップした。
そして、眉をひそめた。
「博士…ダメです」
「何がダメなんだ?」
「信号が…何もかもが死んでいます。GPSが衛星を掴めない。無線も通じない」
「手動でやれ!」
アリスが怒鳴った。
バオはため息をつき、地中レーダーのカートをアリスが指し示す場所まで押していった。
だが、バオが装置の電源を入れた瞬間、甲高いノイズが響き渡った。
『キィィィィン!』
装置の液晶画面が、一瞬だけ砂嵐模様になり、
プツン、と音を立てて消えた。
焦げ臭い匂い。
「何てことだ…」バオが呻いた。
「メインボードが焼けた。こんなの、あり得ない」
「アナログを使え!」アリスは諦めない。
彼は自分のテントに駆け込み、古い金属探知機を持ち出してきた。
しかし、それも同じだった。
電源を入れた途端、針が振り切れ、内部で何かがショートする音がした。
「だから言ったでしょう」
ザハラが静かに言った。
「この土地は、鉄を嫌う。電気を嫌う。あなた方の『今』を嫌うのよ」
「伝説はもう聞き飽きた!」
アリスはザハラを睨みつけた。
「これは伝説じゃない。科学だ。君の助けが要る。君の一族は、昔からこの場所を知っていた。違うか?」
ザハラは視線をそらさなかった。
「ええ。我々は、ここを『星が逆走する場所』と呼んでいる。
我々の祖先は、ここを避けて通った。
道に迷った者は、二度と戻らなかった、と」
「戻らなかった、か」
アリスは不気味に笑った。
「彼らは、どこへ行ったんだろうな?」
私は、二人の間に割って入った。
「アリス、落ち着け。ザハラさんの言う通り、何か異常なことが起きている。
物理的に説明がつかない。
私の羅針盤もおかしくなっている」
私はポケットから羅針盤を取り出し、アリスに見せた。
反時計回りに回り続ける針を。
アリスはそれを見て、狂喜した。
「これだ!これだ、ケンジ!日記の通りだ!」
彼は日記を私に突きつけた。
アルブレヒト・ソーンの、最後の記述。
『羅針盤が北を失った。時間は、もはや我々の味方ではない。
我々は黄金を見つけたのではない。
我々は、我々の『始まり』を見つけてしまった』
「始まり…?」私は呟いた。
「その時だ」
バオが、空を指差して叫んだ。
「ドローンが!」
我々の希望、偵察用のドローンだ。
バオは今朝、このエリアの外縁部から、自動航行で飛ばしていた。
高度五百メートル。
それは、まるで空中で見えない壁にぶつかったかのように、
ピタリ、と停止した。
ローターの音が止んだ。
そして、重力に従って、石のように、真っ直ぐに、
我々のいる「空白地帯」の中心に向かって、墜落していった。
映像が途切れる、直前。
ドローンのカメラが捉えたのは、
砂に半分埋もれた、
巨大な、
黒い金属の構造物だった。
錆一つない、滑らかな表面。
それは、掩蔽壕(えんぺいごう)などではなかった。
「あれだ」
アリスが、夢見るような声で言った。
「行くぞ」
「待ちなさい!」ザハラの制止も聞かず、アリスは走り出した。
バオは予備のバッテリーとロープを掴み、後を追う。
私は、ザハラと顔を見合わせた。
彼女の目には、諦めと、そして深い恐怖が浮かんでいた。
「博士」と彼女は私に言った。
「もし、あなたがあの扉を開けるなら、
失ったものを嘆いてはいけない。
この砂漠は、奪うのではない。
『取り戻す』だけだから」
彼女の言葉の意味が分からないまま、
私もまた、羅針盤を握りしめ、
その異常な構造物に向かって、歩き出した。
太陽が昇り始めた。
だが、その光は、我々の足元の砂を、暖めることはなかった。
[Word Count: 2489]
Hồi 1, Phần 2.
墜落したドローンの残骸は、奇妙な形に歪んでいた。
まるで、高温で溶かされたプラスチックと金属の塊だ。
だが、触れてみると、それは石のように冷たかった。
我々の目の前に、その「構造物」は鎮座していた。
砂から突き出た、巨大な黒い壁。
それは、まるでこの星のものではない、異質な物体だった。
高さは、目測で五十メートル以上。
幅は、地平線の彼方まで続いているように見える。
表面は、黒曜石のように滑らかだ。
だが、光を反射しない。
まるで、周囲の光を全て吸い込んでいるかのようだ。
「信じられない…」
バオが、残骸をスキャンしようとタブレットを構えたまま、呟いた。
「この砂漠で、何十年…いや、何百年も風雨に晒されてきたはずだ。
なのに、傷一つない。
錆一つない」
彼は正しかった。
私は壁に近づき、地質学者用のハンマーを取り出した。
軽く叩いてみる。
コツン、という鈍い音がした。
だが、音は響かない。
まるで、柔らかい土を叩いたかのように、音はすぐに壁に吸収された。
私はハンマーの先端で、強く表面を擦ってみた。
火花も散らない。
傷もつかない。
ハンマーの先端が、逆に削れていた。
「ケンジ、これは何だ?」
アリスが興奮した声で聞いた。
「何の合金だ?チタンか?タングステンか?」
「分からない」
私は正直に答えるしかなかった。
「私が知っている、どの金属とも違う。
これは…まるで、物理法則そのものを拒絶しているようだ」
アリスは恍惚とした表情で、壁に手のひらを当てた。
「冷たい…」
彼はそう言ったが、私は別の感覚を覚えていた。
私は、ポケットの中の羅針盤を握りしめていた。
針の逆回転が、さっきよりも速くなっている。
この壁に近づくにつれて、加速しているのだ。
まるで、この黒い壁が、巨大な磁石…いや、
時間を吸い込む掃除機のように、作用している。
「ザハラ、これについて、何か伝説は?」
アリスが、少し離れた場所に立つザハラに尋ねた。
ザハラは、我々が壁に近づいてから、一歩も動いていない。
彼女は、何かを恐れるように、その黒い壁を見つめていた。
「伝説ではありません」と彼女は答えた。
「それは、そこに『ある』ものです。
それは、この大地の一部ではない。
それは、空から落ちてきた『影』だと、長老たちは言います」
「影、か」アリスは笑った。
「詩的だな。だが、ナチスはこれを見つけた。
そして、彼らはこれを利用しようとした。
中に入る方法が、必ずあるはずだ」
アリスは、壁に沿って歩き始めた。
何か、入り口のようなものを探している。
バオは、予備の測定器を次々と試していた。
ガイガーカウンター(放射線測定器)。
磁力計。
スペクトロメーター。
だが、全てが無意味だった。
針は動かず、デジタル表示は「ERROR」の文字を点滅させるだけ。
「ダメだ…」バオは頭を振った。
「この壁は、あらゆる測定を『遮断』している。
まるで、内側で何が起きていようと、外には一切漏らさないという意思を持っているみたいだ」
テクノロジーが、ここでは完全に無力だった。
我々は、武器を全て奪われた原始人同然だった。
私は、自分の専門分野が崩壊していくのを感じていた。
物理学。
観測し、測定し、法則を見出す学問。
だが、目の前のこれは、観測を拒絶している。
これは、科学の対極にある「何か」だ。
「ここだ!」
アリスの叫び声が、沈黙を破った。
彼が立っていたのは、壁の基部。
砂が深くえぐれた場所だった。
我々が駆けつけると、そこには、
明らかに「人工的な」構造があった。
黒い壁に、無理やり取り付けられたような、
灰色の、金属製のハッチ(扉)だった。
それは、我々が知っている金属でできていた。
リベットで留められ、風化し、
赤黒く錆びついている。
「ドイツ製だ…」
アリスは、錆びた表面を指でなぞった。
「Uボートのハッチに使われる、強化鋼だ。
彼らは、この『影』に穴を開け、
自分たちの入り口を作ったんだ」
ハッチは巨大だった。
直径三メートルほどの、円形。
中央には、分厚い圧着ハンドルが付いている。
そして、ハンドルの上には、二つのシンボルが刻印されていた。
一つは、ナチス・ドイツの鍵十字。
もう一つは、
その下に刻まれた、奇妙なシンボルだった。
「ウロボロスだ」と私は呟いた。
自分の尾を食らう蛇。無限と循環の象徴。
「だが…」
アリスが、私の言葉を引き継いだ。
「これは、壊れている」
その通りだった。
その蛇は、円を描いてはいたが、
自分の尾を食らってはいなかった。
蛇の頭と尾の間には、明確な「断絶」があった。
まるで、誰かが意図的に、その輪を断ち切ったかのように。
それは、警告だ。
私は直感的にそう感じた。
「循環は完成していない」
「何を言っているんだ、ケンジ」
アリスは、私の不安をあざ笑うかのように、ハンドルに手をかけた。
「これは、彼らからのメッセージだ。
『我々は、無限を制御下に置いた』と。
さあ、開けるぞ」
アリスが全体重をかけてハンドルを回そうとしたが、
それはビクともしなかった。
七十年の歳月と、砂漠の過酷な環境が、
ハッチを完全に固着させていた。
「クソッ!」
アリスはハンドルを蹴飛ばした。
「バオ、カッターを持ってこい!」
「博士、待ってください」
バオが、怯えた声で言った。
「もし、この内側が…真空だったら?
あるいは、有毒なガスが充満していたら?」
「構わん!」
「いいえ、構います」
静かだが、鋼のように強い声が響いた。
ザハラだった。
彼女は、いつの間にか我々のすぐそばに来ていた。
彼女は、ハッチに刻まれた「壊れたウロボロス」を、
まるで旧友に会ったかのように、優しく、しかし悲しげに撫でた。
「開けてはいけない」
彼女は、アリスの目をまっすぐに見据えた。
「これは、墓の扉です。
彼らドイツ人たちは、何かを中に入れようとしたのではない。
彼らは、何かを『外に出さないため』に、
これを封印したのです」
「おとぎ話は終わりだ、ザハラ」
アリスは、彼女の手を荒々しく振り払った。
「君には、ここで何が起きたか分からないだろう。
だが、私には分かる。
私の曾祖父は、この中で死んだ。
金塊のためじゃない。
この『力』を手に入れようとして、裏切られたんだ。
私は、彼の研究を完成させる」
「あなたは、何も完成させません」
ザハラの声が、冷たくなった。
「あなたは、我々全員を、破滅させるだけだ」
アリスは、ザハラを無視した。
彼は自分のバックパックに向かって歩き出した。
彼の目には、もはや理性はなかった。
あるのは、三世代にわたる妄執だけだ。
「アリス、よせ」
私は彼の肩を掴んだ。
「彼女の言うことが正しいかもしれない。
我々は、今、自分たちが何に触れようとしているのか、全く理解していない。
一度キャンプに戻って、体制を立て直すべきだ」
「体制を立て直す?」
アリスは、私を振り払った。
「我々に何が残っている?
GPSも死んだ。無線も通じない。
ドローンは墜落し、測定器は沈黙した。
我々は、もうこの『空白地帯』に囚われているんだ、ケンジ!」
彼は、バックパックから、
小型の指向性爆薬(C4)を数ブロック取り出した。
「古い扉には、古いやり方で、挨拶してやるまでだ」
「アリス、正気か!」
私は叫んだ。
「こんなことをすれば、この構造物全体がどう反応するか…」
「それこそが、私が知りたいことだ!」
アリスは、ハッチに手際よく爆薬を設置し始めた。
バオは、顔面蒼白になって後ずさった。
ザハラは、天を仰ぎ、静かに何かを呟き始めた。
それは、祈りのようでもあり、
呪いのようでもあった。
「ケンジ、手伝え」とアリスが言った。
「起爆装置をセットする」
私は動けなかった。
物理学者としての私の脳が、警鐘を鳴らしていた。
未知のシステムに、予期せぬエネルギーを与えること。
それは、最も愚かな行為だ。
それは、暗闇で、中身の分からない化学薬品の瓶を、
思い切り振るようなものだ。
「ケンジ!」
アリスが、私を怒鳴りつけた。
私は、ゆっくりと首を振った。
「私にはできない、アリス。
これは、科学じゃない。
これは、自殺行為だ」
「そうか」
アリスは、冷たく笑った。
「なら、そこで見ていろ。
歴史が動く瞬間を。
あるいは、我々全員が、歴史の一部になる瞬間をな」
彼は、起爆装置のタイマーをセットし始めた。
デジタル表示が、赤い光を放つ。
私は、ポケットの中の羅針盤を、強く握りしめた。
反時計回りに回る針が、
まるで、これから起きる「巻き戻し」を、
予言しているかのように、
狂ったように、回り続けていた。
[Word Count: 2368]
Hồi 1, Phần 3
アリスがセットしたタイマーの、赤いデジタル数字が、
不気味なほど鮮明に、砂漠の空気に浮かび上がっていた。
『00:10』
「下がれ!全員伏せろ!」
アリスが叫んだ。
彼は、私とバオの背中を無理やり押し、砂丘の陰に突き飛ばした。
ザハラだけは、立っていた。
彼女は、爆薬が仕掛けられた黒いハッチを、
まるで、死にゆく病人を見つめる医者のような、
静かな、諦観に満ちた目で見つめていた。
『00:05』
「ザハラ!伏せろ!」
私が叫んだ。
彼女は、ゆっくりと私の方を向いた。
そして、悲しげに首を振った。
『00:03』
『00:02』
アリスが、私の上に覆いかぶさってきた。
『00:01』
世界が、白になった。
音は、なかった。
いや、あったのかもしれない。
だが、私の鼓膜は、爆発の衝撃波よりも先に、
何か別のものに貫かれていた。
それは、音というよりも、
「存在」そのものが揺さぶられるような、
超低周波の「振動」だった。
私の頭蓋骨が、直接、不協和音を奏でているようだった。
轟音は、遅れてやってきた。
爆発の熱風が、砂と金属片を巻き上げ、我々に叩きつけた。
耳が、キーンと鳴りやまない。
「やったか…?」
アリスが、砂を吐き出しながら立ち上がった。
煙が晴れていく。
私は、息を呑んだ。
ハッチは、開いていた。
爆薬は、分厚い鋼鉄の扉を、まるで紙のように歪ませ、
蝶番(ちょうつがい)から引き剥がしていた。
だが、驚くべきは、そこではなかった。
ハッチの向こう側。
我々が「影」と呼んでいた、あの黒い壁。
アリスのC4爆薬は、
その、未知の黒い物質には、
擦り傷一つ、
焦げ跡一つ、
与えていなかった。
我々が壊したのは、
ナチスが、七十年前に取り付けた「蓋」だけだったのだ。
そして、その「蓋」が開いた瞬間、
世界が、変わった。
プツン。
本当に、そんな音が聞こえた気がした。
アリスがヘルメットにつけていた、ヘッドランプが消えた。
バオが手首につけていた、スマートウォッチの画面が、真っ暗になった。
私の上着のポケットに入っていた、衛星電話のバッテリーが、
触れないほど、熱くなっていた。
「熱い!」
バオが叫んで、タブレットを放り投げた。
タブレットは、砂の上で、白い煙を上げていた。
リチウムイオンバッテリーが、暴走している。
全ての、電子機器が、
一斉に、
その機能を停止した。
「何だ…何が起きた…?」
アリスが、消えたヘッドランプを何度も叩いた。
「EMPパルスか?だが、爆発の規模は小さかった…」
「違う」
私が、震える声で言った。
「パルスじゃない。これは…」
私は、ポケットから、あの真鍮の羅針盤を取り出した。
もはや、ゆっくりと回ってなどいなかった。
針は、
まるで、目に見えない力で弾かれたように、
ケースの中で、
反時計回りに、
狂ったように、回転していた。
キリキリキリキリ!
金属が擦れる、甲高い音を立てて。
「見ろ」と私は言った。
アリスとバオが、その羅針盤を覗き込んだ。
「磁場が…」バオが呟いた。
「磁場が消えたんじゃない。
これは…これは、磁場が『吸い込まれて』いるんだ」
彼は、開かれたハッチを指差した。
その、暗い、四角い穴を。
そこからは、何も出てこなかった。
光も、
音も、
空気の動きさえも。
ただ、
「暗闇」だけがあった。
それは、比喩ではない。
砂漠の強烈な太陽光が、
その入り口の数センチ手前で、
まるで、水に吸い込まれるインクのように、
ねじ曲がり、
飲み込まれていくのが、
目に見えた。
それは、物理的な「穴」。
宇宙の連続体に開いた、
絶対的な「無」の入り口だった。
そして、
あの「音」が始まった。
いや、
ずっと鳴っていたのかもしれない。
我々が、それを「音」として認識できるようになっただけだ。
それは、耳で聞く音ではなかった。
『ウウウウウウウウウン…』
体の芯から響く、重低音。
心臓が、そのリズムに無理やり合わせようとする。
呼吸が、苦しくなる。
「ソーン博士」
ザハラが、我々の後ろに立っていた。
彼女の顔は、血の気が引いていた。
彼女は、ハッチではなく、
空を、見上げていた。
「星が…」と彼女は呟いた。
「まだ昼間だぞ」アリスが苛立ったように言った。
だが、私も、空を見上げた。
太陽は、まだ中天にある。
だが、空の色が、おかしい。
青が、
まるで色褪せた写真のように、
薄く、
白っぽく、
そして、灰色に、
沈んでいく。
まるで、世界の彩度が、ゆっくりと失われていくようだ。
「我々は、やってしまった」
ザハラが、絶望的な声で言った。
「眠っているものを、起こしてしまった。
『時の墓守』を、
解き放ってしまった」
「何を言っている!」
アリスは、彼女の肩を掴んだ。
「我々は、歴史的発見の入り口に立っているんだ!」
彼は、まだ分かっていない。
彼は、まだ、自分の妄執が勝利したと信じている。
だが、私は、物理学者だ。
私は、あの羅針盤の針の動きが、
何を意味するか、
理解し始めてしまった。
磁場が逆流している。
光が飲み込まれている。
電子機器が、その「過去」のエネルギーを失って、死んだ。
「アリス、よせ」
私は、彼を止めようとした。
だが、遅かった。
アリス・ソーンは、ライフルから取り外した強力なフラッシュライトを点け(それは、奇跡的にまだ機能していた古い電池式だった)、
その光を、
暗闇の入り口に向けた。
「曾祖父さん、迎えに来たぞ」
彼は、狂気じみた笑みを浮かべ、
その、光さえも飲み込む、
絶対的な暗闇の中へ、
最初の一歩を、
踏み出した。
『ウウウウウウウウウン…』
重低音が、
まるで、
古代の神が、あくびでもしたかのように、
一段と、
低く、
深く、
我々の足元の砂漠全体を、
揺るがした。
[Word Count: 2399]
Hồi 2, Phần 1
ハッチの向こう側は、通路ではなかった。
それは、巨大な「空間」だった。
アリスが持つフラッシュライトの光が、
まるで、濃い霧の中を進むかのように、
数メートル先で、闇に溶けていく。
「すごい…」
アリスの声が、奇妙に響いた。
音が、壁に反響しない。
まるで、我々の声が、
この空間を満たす「何か」に、
直接、吸い取られているようだ。
「空気が…重い」
バオが、息を切らせながら言った。
彼が吐く息は、白くなかった。
いや、
彼が息を「吐いて」いるのかどうかさえ、
私には、もう分からなかった。
私も、呼吸をしようとした。
息を、吸い込む。
だが、肺が、酸素を受け取ったという信号を、
脳に、送ってこない。
まるで、水の中で呼吸しようとしているような、
窒息感。
「博士…ケンジ博士…」
バオが、私の腕を掴んだ。
「寒い…です」
彼は震えていた。
外は、摂氏五十度の灼熱地獄のはずだ。
だが、この黒い空間に入った途端、
我々の体温は、急速に奪われていた。
フラッシュライトの光が、何かを捉えた。
床だ。
いや、
床ではない。
それは、黒い鏡のようだった。
滑らかで、
継ぎ目が、一切ない。
そして、その鏡のような床の上に、
我々の、足跡が、
ついていなかった。
我々は、まるで、
幽霊のように、
この空間に「存在」しているだけだった。
「進むぞ」
アリスは、恐怖を振り払うかのように、前へ進んだ。
私とバオも、続くしかなかった。
ザハラは、入り口のギリギリの場所に、
まるで、境界線を守るかのように、
立っていた。
彼女は、この「影」の中には、一歩も入ろうとしなかった。
「ザハラ!来い!」
アリスが、暗闇の中から叫んだ。
ザハラは、答えなかった。
彼女は、外の、
あの、灰色に沈んでいく空を、
見上げていた。
我々は、進んだ。
何分、歩いただろうか。
五分か、十分か。
時間感覚が、麻痺していた。
アリスのフラッシュライトだけが、唯一の光源だ。
「待て」
アリスが、突然、立ち止まった。
「どうした、アリス」
私は、彼の肩越しに、前方を見た。
「あれを、見ろ」
アリスが、光の輪を、震える手で、上方に向けた。
そこには、
「天井」があった。
そして、その天井から、
巨大な、
無数の、
黒い石の柱が、
まるで、鍾乳石のように、
逆さまに、ぶら下がっていた。
だが、それらは、不規則に並んでいるのではない。
完璧な、
幾何学模様を描いて、
配置されていた。
「これは…」
私は、物理学者としての血が騒ぐのを感じた。
「これは、寺院だ。
あるいは、
巨大な…コンピューターだ」
「ナチスが、これを?」
バオが、信じられないという声で言った。
「違う」
アリスが、その柱の一つに近づきながら言った。
「彼らじゃない。
彼らは、これを見つけ、
そして、恐れたんだ」
アリスのライトが、柱の表面を舐めた。
その表面には、
無数の「溝」が刻まれていた。
それは、文字ではなかった。
回路図のようでもあった。
星図のようでもあった。
そして、その溝の中を、
何か、
液体のようなものが、
ゆっくりと、
流れていた。
いや、
違う。
よく見ると、
それは、
液体ではない。
それは、
「光」だった。
冷たい、
青白い光の粒子が、
まるで、血液のように、
溝の中を、
上から下へ、
重力に逆らって、
脈動していた。
「エネルギーだ…」
私が、我を忘れて呟いた。
「この建物全体が、生きている…」
「博士!」
その時、
バオの、甲高い叫び声が、響き渡った。
「バオ、どうした!」
我々が振り返ると、
バオは、我々から少し離れた場所で、
自分の左腕を、
まるで、信じられないものでも見るかのように、
見つめていた。
「バオ?」
アリスが、ライトを彼に向けた。
バオの、左腕。
彼が、さっき、転んだ時に作ったはずの、
深い、
擦り傷。
血が滲んでいた、あの傷が、
ない。
いや、
傷跡さえない。
そこには、
生まれたてのような、
滑らかな、
ピンク色の皮膚が、
再生していた。
「傷が…」バオが、震える声で言った。
「傷が、治った…」
アリスは、目を輝かせた。
「治癒だ…!
奇跡だ!
ケンジ、見たか!
この空間は、生命を活性化させるんだ!」
彼は、狂喜して叫んだ。
だが、私は、
その光景を見て、
血の気が引くのを感じていた。
活性化、ではない。
これは、そんな、生やさしいものではない。
私は、バオの腕から、
アリスの、興奮した顔に、
視線を移した。
そして、気づいてしまった。
アリスの、右の頬。
彼が、一週間前に、
ジープの整備中に負った、
新しい、
切り傷。
その、赤黒いかさぶたが、
今、
まさに、
我々の目の前で、
ポロリと、
剥がれ落ちた。
そして、その下から、
傷一つない、
彼の、元の肌が、
現れた。
「アリス…君の頬…」
「何だ?」
アリスは、自分の頬に触れた。
そして、指先に付着した、
乾いた血の塊を見て、
一瞬、動きを止めた。
だが、彼の反応は、私の予想とは違った。
彼は、
笑い出した。
最初は、クスクスと、
やがて、
この巨大な、音を吸い込む空間全体に響き渡るほど、
高らかに、
笑い出した。
「ハハハ!
ハハハハハ!
分かったぞ!
ケンジ、分かったぞ!」
彼は、私の両肩を掴んだ。
その力は、異常に強かった。
「これは、治癒じゃない!
これは、
『逆行』だ!」
「何を、言って…」
「時間は、前に進んでいない!
この空間の中では、
時間は、
逆向きに、
流れているんだ!」
アリスの言葉は、
物理学者である私の、
最も、
根本的な、
常識を、
ハンマーで、殴りつけた。
時間は、不可逆だ。
エントロピーは、常に増大する。
割れたコップは、元には戻らない。
それが、
我々の宇宙の、
絶対的な、
ルールだ。
だが、
目の前で、
アリスの傷は、
「割れる前」に、
戻った。
「そんな…」
「信じられないか?
なら、これを試してみろ」
アリスは、まるで、
新しいオモチャを見つけた子供のように、
無邪気に笑い、
自分のポケットから、
ナイフを取り出した。
そして、
バオが止める間もなく、
自分の、
左手の、
手のひらを、
浅く、
切り裂いた。
「アリス、やめろ!」
私が叫んだ。
赤い血が、噴き出した。
アリスは、その手を、
我々の、
フラッシュライトの光の中に、
突き出した。
「見ろ、ケンジ。
よく、見ろ。
これが、
神の領域だ」
そして、
我々は、
見た。
ナイフによって、
パックリと開いた、
その傷が、
まるで、
映画を、
逆再生しているかのように、
流れ出た血を、
再び、
血管の中へと、
吸い込み、
裂けた皮膚が、
震えながら、
お互いを、求め、
ピッタリと、
閉じ、
そして、
一本の、
赤い線になり、
やがて、
その線さえも、
薄れ、
消え、
数秒前と、
何ら変わらない、
アリス・ソーンの、
無傷の、
手のひらが、
そこにあった。
[Word Count: 3073]
Hồi 2, Phần 2
不死だ…」
アリスが、恍惚として呟いた。
「我々は、不死を手に入れたんだ、ケンジ…」
彼の目は、狂信者のそれだった。
彼は、自分の無傷の手のひらを、
まるで、聖遺物でも見るかのように、見つめている。
不死。
なんと甘美な響きだろうか。
だが、物理学者である私の頭脳は、
その言葉とは、正反対の結論に、
悲鳴を上げていた。
これは、不死ではない。
これは、「死」そのものよりも、
恐ろしい「何か」だ。
「違う、アリス…」
私は、震える声で彼を制した。
「我々は、時間を遡っている。
若返っている。
傷が治ったんじゃない。
傷が、『負う前』の状態に、
戻っただけだ」
「それが、どうした!」
アリスは、私の不安を一笑に付した。
「結果は同じだ!
我々は、ここでは、傷つかない。
病気にもならない。
老いることもない!
これこそ、曾祖父が追い求めた『神の力』だ!」
「バオ…」
私は、アリスの向こうにいる、
若い技術者に、声をかけた。
バオは、
アリスのように、喜んではいなかった。
彼は、
血の気が引いた顔で、
さっき、傷が消えた、自分の腕を、
まるで、
蛇でも見るかのように、
忌まわしげに、
見つめていた。
「博士…」
バオが、か細い声で言った。
「僕…
お腹が、いっぱいです」
「何?」
「お腹が…空かないんです。
いや、
違う。
さっきまで、すごくお腹が空いていたのに…
今は、
まるで、
ご馳走を、食べた後みたいに…
苦しいくらい、
満腹なんです…」
アリスは、その言葉の意味を、
まだ、理解していなかった。
だが、私は、
理解してしまった。
空腹。
それは、エネルギーが消費された、
「結果」だ。
その「結果」が、
「原因」である、食事の前に、
逆行している。
我々の、
生命活動そのものが、
逆回転を、
始めているのだ。
「喉が渇いた…」
アリスが、不意に言った。
彼は、自分の水筒を取り出し、
残っていた水を、
喉を鳴らして、
飲み干した。
「プハッ…生き返る…」
彼は、満足げに息をついた。
だが、
その満足は、
一秒も、
続かなかった。
アリスの顔が、
次の瞬間、
苦痛に、
歪んだ。
「あ…
ああ…」
彼は、自分の喉を、
両手で、
かきむしった。
「渇く…!
水が…!
さっきよりも、
ひどく、
喉が渇く…!」
「アリス!」
彼は、空になった水筒を、
逆さまにして、
最後の一滴を、
求めようとした。
だが、無駄だった。
彼は、
水を、
「飲んだ」
その結果、
彼は、
「飲む前」の、
渇きよりも、
さらに、
過去の、
強烈な、
「渇望」の、
状態に、
陥ったのだ。
「これが…」
私は、自分の唇が、
乾いて、
ひび割れていくのを、
感じながら、
呟いた。
「これが、
この場所の、
『代償』だ」
我々は、若返る。
だが、
食べたものは、未消化に戻り、
飲んだ水は、渇きに変わる。
疲労は、
行動の「前」の、
有り余る、
しかし、
虚ろな、
エネルギーに、
取って代わられる。
我々は、
不死になったのではない。
我々は、
「存在」を、
ゆっくりと、
ほどかれて、
いるのだ。
「進むぞ…」
アリスは、
焼けるような渇きに耐えながら、
それでも、
前を、
指差した。
「この奥だ。
この空間の、
『中心』に、
コントロール・ルームが、
あるはずだ」
彼は、もはや、
誰の制止も、
聞かなかった。
彼は、フラッシュライトの光を頼りに、
闇の奥へと、
突き進んでいく。
その足取りは、
奇妙に、
軽やかだった。
疲労が、
消えたからだ。
いや、
疲労する、
「前」の、
状態に、
戻ったからだ。
私も、バオも、
まるで、
悪夢に引きずられるように、
彼の、
後に、
続いた。
どれくらい、歩いただろうか。
時間感覚は、
もはや、
意味をなさなかった。
フラッシュライトの光が、
それまで、
闇しか映さなかった空間に、
初めて、
「何か」を、
映し出した。
「あれは…」
バオが、
先に、
気づいた。
巨大な、
建造物だった。
いや、
祭壇、と呼ぶべきか。
この、
だだっ広い、
黒い寺院の、
ちょうど、
中心。
そこには、
高さ、
百メートルはあろうかという、
巨大な、
「ジャイロスコープ(回転儀)」が、
鎮座していた。
それは、
天井から吊り下げられ、
床には、
触れていない。
この空間の、
他の全てと、
同じ、
光を吸い込む、
黒い石で、
作られていた。
いくつもの、
同心円状の、
リングが、
複雑に、
絡み合い、
球体を、
形成している。
だが、
それは、
動いていなかった。
完璧な、
「静止」。
まるで、
宇宙が、
始まる前の、
瞬間を、
そのまま、
切り取って、
封じ込めたかのようだ。
「これか…」
アリスが、
まるで、
巡礼者かのように、
その、
黒い球体に、
近づいていく。
「これが、
時間を、
歪ませている、
動力源…」
「違う…!」
私は、
叫んでいた。
物理学者としての、
私の、
最後の、
理性が、
真実を、
叫んでいた。
「アリス、
それは、
動力源じゃない!
あれは、
『排水口』だ!」
「何を言っている、ケンジ!」
「あれは、
何も、
生み出してはいない!
あれは、
『吸い込んでいる』んだ!
この空間の、
エネルギーを、
磁場を、
そして、
時間そのものを、
この一点に、
吸い込み、
『無』に、
還しているんだ!」
私の、
ポケットの中で、
羅針盤が、
もはや、
回転音さえも、
超えた、
甲高い、
「悲鳴」を、
上げていた。
この、
黒い球体こそが、
磁場を、
時間を、
飲み込む、
「特異点」の、
中心なのだ。
ナチスは、
これを使って、
時間を、
「制御」
しようとしたのではない。
彼らは、
この、
宇宙の、
「傷口」を、
どうにかして、
「塞ごう」と、
したのだ!
「アリス、触るな!」
私の、
制止は、
間に合わなかった。
アリスは、
まるで、
神の、
御体に、
触れるかのように、
その、
黒い、
静止した、
リングに、
そっと、
手のひらを、
当てた。
その瞬間、
何も、
起こらなかった。
いや、
そう、
見えただけだ。
「見たか、ケンジ。
何も、
起きない。
これは、
安全だ。
我々に、
服従して…」
アリスの、
言葉が、
途切れた。
彼は、
自分の、
足元に、
何かを、
見つけた。
ジャイロスコープの、
真下の、
黒い床の上に、
何かが、
散らばっていた。
アリスが、
フラッシュライトで、
そこを、
照らした。
それは、
金塊では、
なかった。
武器でも、
なかった。
それは、
ボロボロに、
錆びついた、
ブリキの、
玩具。
ゼンマイ仕掛けの、
兵隊の、
人形。
そして、
その隣に、
一足の、
小さな、
小さな、
子供用の、
革靴。
「何だ…これは…」
アリスが、
困惑した、
声を出した。
「なぜ、
こんな場所に、
子供の、
靴が…」
そして、
彼は、
その奥に、
もう一つの、
物体を、
見つけた。
ナチスドイツの、
規格品の、
金属製の、
弾薬箱。
だが、
それは、
弾薬箱としてでは、
なく、
何か、
別の、
用途で、
使われていたようだった。
アリスが、
蓋の、
錆びついた、
留め金を、
力ずくで、
こじ開けた。
中身は、
埃をかぶった、
一冊の、
分厚い、
日誌だった。
彼が、
東京の、
私の、
研究室に、
持ってきた、
あの、
日記よりも、
さらに、
古く、
そして、
切迫した、
何かが、
滲み出ている。
「これだ…」
アリスが、
震える手で、
その、
日誌を、
取り出した。
革の、
表紙。
そこには、
アルブレヒト・ソーン、
彼の、
曾祖父の、
名前が、
刻印されていた。
アリスは、
日誌を、
開いた。
最後の、
ページ。
そこには、
インクが、
滲み、
乱れた、
ドイツ語の、
文字が、
並んでいた。
アリスは、
それを、
読み上げた。
『…封印は、失敗した。
我々は、
開けてはならない、
パンドラの箱を、
こじ開けてしまった。
この、
“クロノス・ドレイン”(時間の排水口)は、
制御不能だ。
我々は、
若返ってなど、
いない。
我々は、
“未だ、生まれていない”、
状態へと、
引きずり、
戻されて、
いるのだ』
アリスの、
声が、
震えた。
『神よ、
我らを、
救いたまえ。
私の、
記憶が…
息子、
ハインリッヒの、
顔が、
思い出せない…』
「ああ…」
その時、
私の、
背後で、
バオが、
奇妙な、
声を、
漏らした。
私は、
振り返った。
バオは、
自分の、
頭を、
両手で、
抱え、
激しく、
震えていた。
「どうした、バオ!」
「博士…
博士…
僕…
僕…」
バオは、
涙を、
流していた。
いや、
涙を、
流そうとしていた。
だが、
涙は、
彼の、
目から、
流れ出なかった。
まるで、
涙さえも、
「流れる前」の、
状態に、
戻されて、
いるかのように。
「怖い…
怖い…
僕、
何か、
大事なことを、
忘れていく…」
彼は、
自分の、
腰の、
ポーチを、
手探りし、
そこから、
一台の、
タブレットを、
取り出した。
あの、
入り口で、
バッテリーが、
焼けたはずの、
タブレットだ。
だが、
今、
バオが、
電源ボタンを、
押すと、
その、
画面は、
眩しく、
点灯した。
(なぜ…?
バッテリーが、
再生した…?)
「パスワード…」
バオが、
画面を、
見つめ、
呟いた。
「いつも、
使ってる、
パスワード…
僕の、
誕生…
日…」
彼は、
画面を、
タップしようとして、
指を、
止めた。
そして、
ゆっくりと、
顔を上げ、
絶望に、
満ちた、
目で、
私を、
見た。
「博士…」
「誕生日って…
何ですか?」
[Word Count: 3192]
Hồi 2, Phần 3
「誕生日って、何ですか?」
バオの言葉は、
この、音を吸い込む、
巨大な聖堂の中で、
奇妙なほど、
はっきりと、
響いた。
アリスは、
曾祖父の日誌から、
顔を上げた。
彼の、
狂信的な光を宿していた目が、
初めて、
純粋な「困惑」に、
揺らいだ。
「何を、
ふざけているんだ、バオ。
誕生日だ。
君が、
生まれた日だ」
「生まれた…?」
バオは、
まるで、
初めて聞く、
外国語の、
単語の、
意味を、
問い返すかのように、
オウム返しにした。
彼は、
自分の、
タブレットを、
見つめた。
画面には、
パスワード入力の、
ウィンドウが、
表示されている。
「僕…
これを、
どうやって、
使うのか…
思い出せない…」
彼は、
その、
ハイテク機器の、
塊を、
まるで、
意味の分からない、
ただの、
「石」でも、
見るかのように、
見つめている。
そして、
彼は、
自分の、
手を、
見た。
「僕の…
手…」
その手が、
震えていた。
いや、
違う。
震えているのではない。
その手が、
「変わって」
いた。
バオは、
二十五歳の、
若者だった。
彼の、
指には、
タブレットを、
操作し続けた、
「ペンだこ」があり、
手の甲には、
機材を、
整備する時にできた、
小さな、
古い、
傷跡が、
あったはずだ。
だが、
今、
アリスの、
フラッシュライトに、
照らし出された、
その手は、
滑らかで、
柔らかそうで、
傷一つない、
まるで、
「ティーンエイジャー」の、
手のように、
見えた。
「博士…」
バオの声が、
かん高くなった。
それは、
もう、
大人の男の、
声では、
なかった。
「僕、
怖い…
僕、
僕が、
誰だか、
分からなくなっていく…!」
彼は、
タブレットを、
放り投げた。
それは、
黒い床の上を、
滑り、
カラン、と、
乾いた音を、
立てた。
「お母さん…」
彼は、
呟いた。
「お母さんの、
顔が…
どんな、
顔だったか…
思い出せない…!」
「バオ!
しっかりしろ!」
アリスが、
彼に、
駆け寄ろうとした。
「落ち着け!
これは、
一時的な、
副作用だ!
ここから、
出れば…」
「出れば?」
私は、
アリスの、
言葉を、
遮った。
その声が、
自分でも、
驚くほど、
冷たく、
乾いていた。
「ここから、
出れば、
どうなる?
アリス」
私は、
この、
黒い、
ジャイロスコープを、
指差した。
「これは、
我々の、
『過去』を、
吸い込んでいる、
掃除機だ。
我々は、
若返って、
いるんじゃない。
我々は、
『存在』を、
『消去』されて、
いるんだ!」
知識。
記憶。
経験。
それら、
人間を、
人間たらしめている、
全ての、
積み重ね。
それが、
今、
この瞬間も、
バオから、
猛烈な、
勢いで、
剥がし、
取られて、
いた。
「いやだ…
いやだ、
いやだ!」
バオが、
叫んだ。
彼は、
自分の、
顔を、
両手で、
かきむしった。
「こんな、
滑らかな、
肌は、
僕の、
肌じゃない!
僕は、
髭だって…
昨日、
剃った、
はずだ…!」
彼は、
自分の、
顎に、
触れ、
そして、
絶望した。
そこには、
青年の、
硬い、
無精髭の、
感触は、
なく、
子供のような、
柔らかな、
皮膚が、
あるだけだった。
「外だ…」
彼は、
突然、
我々に、
背を向けた。
「外に、
出れば、
治るんだ!
ザハラが、
助けてくれる!
ザハラ!」
彼は、
我々が、
入ってきた、
あの、
暗闇の、
入り口に向かって、
走り出した。
「待て!バオ!」
アリスが、
叫んだ。
「一人で、
行くな!
この暗闇で、
はぐれたら…」
だが、
バオは、
止まらなかった。
彼の、
恐怖は、
この、
巨大な空間の、
暗闇よりも、
自分の、
「存在」が、
消えていく、
恐怖に、
勝っていた。
「追うぞ、ケンジ!」
アリスは、
フラッシュライトを、
バオが、
消えていった、
闇に、
向けた。
我々も、
走った。
自分の、
体が、
奇妙に、
軽い。
疲労が、
ない。
いや、
疲労が、
「蓄積される前」に、
戻って、
いるからだ。
どれだけ、
走っても、
息が、
切れない。
だが、
心臓は、
恐怖で、
張り裂けそうだった。
「バオ!」
アリスの、
叫び声が、
闇に、
吸い込まれる。
「どこだ!
返事をしろ!」
返事は、
なかった。
その、
代わり、
前方から、
「音」が、
聞こえた。
低い、
呻き声。
そして、
何か、
固いものが、
床に、
打ち付けられる、
音。
「そこか!」
アリスが、
光を、
向けた。
バオが、
いた。
彼は、
うずくまっていた。
入り口は、
まだ、
先だ。
「どうした、
バオ。
立てるか?」
アリスが、
彼に、
近づき、
その肩に、
手を、
かけた。
そして、
アリスは、
息を、
呑んだ。
「神よ…」
私が、
追いつき、
その光景を、
見て、
そして、
理解した。
バオは、
もう、
「バオ」では、
なかった。
彼が、
着ていた、
作業着は、
ぶかぶかに、
なっていた。
その、
服の、
中で、
彼の、
体は、
「縮んで」
いた。
彼は、
顔を上げた。
そこには、
二十五歳の、
技術者の、
顔は、
なかった。
十三歳か、
十四歳。
まだ、
あどけなさが、
残る、
「少年」の、
顔が、
あった。
少年の、
目は、
恐怖で、
見開かれ、
焦点が、
合って、
いなかった。
彼は、
我々が、
誰だか、
もう、
分かって、
いなかった。
「ここは…どこ?」
少年、
バオが、
か細い、
声で、
言った。
「暗いよ…
寒いよ…
お父さん…
お母さん…
どこ?」
「バオ…
いや、
君…」
アリスは、
言葉を、
失っていた。
彼の、
曾祖父が、
日記に、
書き残した、
あの、
「子供の靴」と、
「玩具」の、
意味が、
今、
この、
瞬間に、
現実となって、
彼の、
目の前に、
突きつけられた。
「逃げるんだ!」
私は、
叫んだ。
「アリス!
彼を、
担げ!
外に、
出すんだ!
このままでは、
彼は、
消える!」
アリスは、
我に返り、
少年に、
なった、
バオを、
抱え上げようとした。
だが、
その時、
バオは、
甲高い、
叫び声を、
上げた。
「いやだ!
触るな!
あんたたち、
誰だ!」
彼は、
アリスの、
手を、
振り払い、
立ち上がった。
そして、
彼は、
再び、
走り出した。
今度は、
入り口へ、
向かって、
ではない。
彼は、
完全に、
方向感覚を、
失っていた。
彼は、
この、
黒い、
聖堂の、
さらに、
「奥」へ、
暗闇の、
中へと、
突っ込んで、
いった。
「バカ!
そっちじゃない!」
アリスが、
ライトを、
向けた。
光の輪が、
闇の中を、
逃げていく、
小さな、
背中を、
捉えた。
そして、
我々は、
この、
旅で、
最も、
恐ろしく、
そして、
最も、
非現実的な、
光景を、
目撃した。
走りながら、
バオの、
体が、
「変化」して、
いく。
少年の、
体つきが、
さらに、
幼く、
小さくなっていく。
十歳。
八歳。
五歳。
彼は、
走りながら、
よろめき、
転んだ。
「あ…」
彼が、
発した、
声は、
もはや、
言葉に、
なっていなかった。
幼子の、
泣き声。
彼が、
再び、
立ち上がろうと、
もがいた、
その、
服は、
もはや、
大人の、
布切れに、
過ぎなかった。
その、
布の、
中で、
小さな、
「赤ん坊」が、
手足を、
ばたつかせていた。
アリスが、
その場で、
膝から、
崩れ落ちた。
「やめろ…」
彼が、
呻いた。
「もう、
やめてくれ…」
だが、
「逆行」は、
止まらない。
赤ん坊の、
甲高い、
泣き声が、
一瞬、
響き渡り、
そして、
「それ」は、
光を、
放った。
眩しい、
白、
でも、
青でも、
ない。
純粋な、
「存在」の、
光。
受精の、
瞬間の、
光。
光は、
一瞬、
輝き、
そして、
プツン、と、
消えた。
そこには、
ただ、
山と、
なった、
空っぽの、
作業着と、
ブーツが、
残された。
バオは、
死んだのではない。
彼は、
「いなくなった」
のではない。
彼は、
この、
宇宙から、
「消去」された。
彼は、
「生まれなかった」
ことに、
なったのだ。
[Word Count: 3121]
Hồi 2, Phần 4
バオが、
消えた。
いや、
「消えた」という、
言葉では、
不十分だ。
彼の、
存在していた、
という、
「事実」そのものが、
この、
宇宙から、
根こそぎ、
抜き取られた。
後に、
残されたのは、
しわくちゃになった、
空っぽの、
服の、
山だけ。
それは、
まるで、
蝉の、
抜け殻のようだった。
この、
巨大な、
黒い聖堂に、
完全な、
「無」が、
訪れた。
バオの、
最後の、
叫び声の、
反響さえも、
この、
闇に、
吸い込まれ、
消えた。
『ウウウウウウウウウン…』
あの、
ジャイロスコープの、
重低音だけが、
まるで、
獲物を、
消化した、
獣の、
満足げな、
喉鳴らしのように、
響いて、
いる。
「あ…
あ…
あ…」
私の、
隣で、
アリスが、
声に、
ならない、
音を、
漏らした。
彼は、
四つん這いになり、
まるで、
胃の中の、
全てを、
吐き出すかのように、
激しく、
えずいた。
だが、
何も、
出なかった。
彼の、
胃の中は、
この、
逆行する、
時間の中で、
とうの昔に、
「食べる前」の、
状態に、
戻されて、
いるのだから。
彼は、
空っぽの、
絶望を、
吐き出した。
「私が…
私が、
殺した…」
アリスが、
呻いた。
「あの、
扉を、
開けた、
あの、
瞬間に…
私が、
彼を、
殺したんだ!」
彼は、
自分の、
曾祖父の、
日誌を、
握りしめていた。
その、
手は、
激しく、
震えていた。
「子供の、
靴…
玩具…」
彼が、
呟いた。
「あれは、
ナチスの、
科学者たちの、
『成れの果て』
だったんだ…
彼らも、
バオと、
同じ、
運命を…」
アリス・ソーンの、
三世代に、
わたる、
妄執は、
今、
この、
瞬間に、
完全に、
打ち、
砕かれた。
彼は、
神の、
力を、
探していたのではない。
彼は、
ただ、
一族の、
呪われた、
墓を、
暴いただけだったのだ。
彼は、
顔を上げた。
フラッシュライトの、
光が、
乱れ、
私の、
顔を、
照らした。
「ケンジ…
君は…」
彼が、
息を、
呑んだ。
「どうした、アリス」
私は、
自分の、
顔に、
触れた。
「君の、
髪が…」
私は、
自分の、
髪を、
一房、
掴んだ。
そして、
理解した。
私の、
髪には、
白いものが、
混じっていた。
四十二歳の、
物理学者としての、
私の、
ストレスの、
象徴。
だが、
今、
私の、
指に、
触れた、
髪は、
黒々として、
コシがあり、
太かった。
私の、
白髪が、
「消えて」
いた。
私は、
アリスを、
見た。
彼の、
頬。
彼が、
一週間前に、
負った、
あの、
傷跡は、
もはや、
影も、
形も、
なかった。
それだけではない。
彼の、
目尻にあった、
細かい、
シワ。
砂漠の、
日差しが、
刻んだ、
彼の、
三十五年の、
人生の、
証。
それもまた、
薄れて、
いた。
彼は、
今、
まるで、
三十歳か、
二十代後半の、
青年のように、
見えた。
我々は、
若返って、
いる。
バオが、
消滅した、
あの、
恐ろしい、
速度で、
我々の、
「過去」もまた、
猛烈な、
勢いで、
剥がされて、
いるのだ。
そして、
恐怖は、
それだけでは、
なかった。
「アリス…」
私は、
彼に、
尋ねた。
「一般、
相対性理論の、
重力場方程式を、
言ってみろ」
「は?」
アリスは、
考古学者だ。
だが、
彼は、
博識だった。
彼は、
私の、
研究室で、
その、
方程式が、
書かれた、
ホワイトボードを、
見て、
「美しい」と、
言った、
はずだ。
「何を、
言っているんだ、ケンジ…
今は、
そんな…」
「言え!」
私は、
彼に、
怒鳴った。
アリスは、
眉をひそめ、
記憶を、
探ろうとした。
「ええと…
$G_{\mu\nu} \dots$
何か、
$T_{\mu\nu}$
と、
イコールだったか…
その、
間に、
何か、
定数が…
$\pi$ (パイ)か?
いや…
分からない…」
彼は、
首を、
振った。
「分からない…
どうでも、
いいじゃないか、
そんなこと!」
だが、
私には、
どうでも、
よくなかった。
なぜなら、
私自身も、
今、
この、
瞬間に、
アインシュタインの、
あの、
宇宙の、
形を、
記述した、
最も、
美しい、
方程式を、
「思い出せない」
ことに、
気づいて、
しまったからだ。
私の、
頭脳。
私の、
知識。
物理学者、
タナカ・ケンジを、
形成する、
全ての、
「データ」が、
今、
まさに、
「フォーマット」
されて、
いる。
「我々は…
忘れて、
いくんだ…」
私は、
絶望して、
呟いた。
「ここが、
どこか、
忘れる。
なぜ、
ここへ、
来たのか、
忘れる。
そして、
最後には、
バオと、
同じように、
自分が、
『誰』なのかも、
忘れるんだ!」
「博士…!」
その時、
声が、
した。
闇の、
奥から、
我々が、
入ってきた、
あの、
入り口の、
方から。
かすれた、
苦しそうな、
声。
「ザハラか!」
アリスが、
叫んだ。
彼は、
フラッシュライトを、
そちらへ、
向けた。
「ザハラ!
無事か!
ここから、
出なければ!
バオが…
バオが、
死んだ!」
我々は、
バオの、
抜け殻を、
その場に残し、
フラッシュライトの、
光を、
頼りに、
入り口へと、
走った。
若返った、
体は、
まだ、
軽い。
だが、
精神は、
鉛のように、
重かった。
入り口が、
見えた。
あの、
歪んだ、
金属の、
ハッチ。
その、
向こう側。
灰色に、
沈んだ、
砂漠の、
「外」の、
光。
その、
光を、
背に、
人影が、
立っていた。
ザハラだ。
彼女は、
我々の、
予想通り、
あの、
「影」の、
中へは、
一歩も、
入って、
いなかった。
彼女は、
境界線の上に、
立っていた。
「ザハラ!
助けてくれ!
バオが…」
アリスの、
言葉が、
途中で、
止まった。
彼は、
立ち止まり、
フラッシュライトを、
その、
人影の、
「顔」に、
向けた。
そして、
我々は、
バオの、
消滅よりも、
さらに、
不可解で、
恐ろしい、
現実を、
目の当たりに、
した。
ライトの、
光の輪の中に、
立っていたのは、
我々が、
知っている、
あの、
三十代の、
精悍な、
トゥアレグの、
女性では、
なかった。
そこに、
いたのは、
「老婆」だった。
髪は、
真っ白に、
なり、
まるで、
乾いた、
土のように、
パサパサに、
なっていた。
彼女の、
オニキスのような、
黒い、
瞳の、
周りには、
深く、
シワが、
刻まれ、
その、
肌は、
まるで、
羊皮紙のように、
薄く、
骨に、
張り付いていた。
彼女は、
激しく、
肩で、
息をし、
自分の、
杖(つえ)で、
やっと、
立っているのが、
精一杯のようだった。
「ザハラ…?」
アリスが、
信じられない、
という、
声で、
呟いた。
「あなたに…
一体、
何が…」
老婆、
ザハラは、
ゆっくりと、
顔を上げた。
彼女は、
我々、
(若返った)
アリスと、
(若返った)
ケンジを、
見て、
そして、
乾いた、
唇で、
悲しげに、
微笑んだ。
「やっと…
理解、
したようね…」
彼女の、
声は、
しわがれ、
弱々しかった。
「この、
『墓』が、
何を、
するのかを…」
私は、
彼女の、
姿と、
我々の、
姿を、
見比べた。
我々は、
若返って、
いる。
彼女は、
老いて、
いる。
我々は、
「過去」に、
戻って、
いる。
彼女は、
「未来」に、
飛ばされて、
いる。
「違う…」
私は、
物理学者としての、
最後の、
直感で、
真実を、
掴んだ。
「これは、
『交換』だ…!」
私は、
叫んだ。
「この、
『排水口』は、
我々の、
『時間』を、
奪い取っている。
だが、
エネルギーは、
消滅しない。
それは、
どこかへ、
『移動』するだけだ!
アリス、
この、
『影』は、
我々の、
『若さ』を、
吸い取り、
それを、
『外』に、
いる、
ザハラに、
『押し付けて』
いるんだ!」
これは、
逆行では、
ない。
これは、
この世で、
最も、
恐ろしい、
「ゼロサムゲーム」。
この、
砂漠は、
我々、
侵入者から、
「存在」を、
奪い、
その、
対価として、
この、
大地に、
属する、
ザハラに、
我々が、
生きるはずだった、
「未来」を、
無理やり、
与えて、
いるのだ。
ザハラは、
苦しげに、
頷いた。
「砂漠は…
バランスを、
取り戻そうと、
している…」
彼女は、
老婆の、
手で、
入り口の、
枠を、
掴んだ。
「急ぎなさい…
ソーン博士…
タナカ博士…
あなた方が、
開けた、
『扉』を、
あなた方が、
閉めるのよ…」
彼女は、
息を、
吸い込み、
そして、
最後の、
力を、
振り絞って、
言った。
「あなた方が…
『自分』が、
誰であるかを、
完全に、
『忘れる』、
前に…!」
[Word Count: 3266]
Hồi 3, Phần 1
ザハラの、
老婆の、
姿。
それは、
我々が、
この、
黒い聖堂の中で、
失った、
「時間」の、
重さ、
そのものだった。
我々が、
若返る、
その、
一瞬、
一瞬、
彼女は、
我々の、
「老い」を、
一瞬、
一瞬、
引き受けていたのだ。
「ザハラ…」
アリスが、
彼女に、
手を、
差し伸べようとした。
だが、
老婆となった、
ザハラの、
手は、
まるで、
「触れてはいけない」
とでも、
言うかのように、
彼を、
拒絶した。
「行け…」
彼女は、
しわがれた、
声で、
命じた。
「この、
『影』が、
これ以上、
『外』の、
世界に、
漏れ出さないように…
あなた方が、
始めた、
ことを、
終わらせるのです…」
「どうやって!」
アリスが、
叫んだ。
「我々は、
もう、
何も、
持っていない!
バオは、
消えた!
機材は、
全て、
死んだ!
我々の、
頭脳さえも…!」
彼は、
自分の、
こめかみを、
激しく、
叩いた。
「思い出せない…
曾祖父の、
日記の、
続きが、
どうだったか…
彼の、
『罪』が、
何だったのか…
思い出せない!」
そうだ。
忘れていく。
この、
『砂漠の逆行』は、
我々の、
肉体だけでなく、
我々の、
「魂」の、
記録(レコード)さえも、
消去していく。
私は、
物理学者、
タナカ・ケンジだ。
そう、
まだ、
覚えている。
私は、
東京で、
何を、
研究していた?
「量子」だ。
量子の…
何だ?
もつれ?
重ね合わせ?
その、
言葉の、
「意味」が、
思い出せない。
美しい、
数式が、
ただの、
無意味な、
記号の、
羅列に、
変わっていく。
恐怖。
純粋な、
知性が、
溶けていく、
恐怖。
「ケンジ!」
アリスが、
私の、
胸ぐらを、
掴んだ。
彼の、
若返った、
(二十代後半に、
見える)
顔は、
絶望では、KEBて、
異様な、
「決意」に、
満ちていた。
「我々は、
戻るんだ。
あの、
『中心』へ」
「何を、
言うんだ、アリス…」
私の、
声は、
自分でも、
驚くほど、
弱々しかった。
「戻れば、
我々も、
バオと、
同じだ。
消える。
『生まれなかった』
ことに、
なるんだぞ!」
「ああ、
そうだろうな」
アリスは、
私を、
見つめたまま、
言った。
「だが、
ザハラが、
言った通りだ。
我々が、
これを、
開けた。
なら、
我々が、
これを、
『閉める』
以外に、
道は、
ない」
「だが、
どうやって!」
「曾祖父の、
日記だ」
アリスは、
あの、
黒い、
ジャイロスコープの、
下で、
見つけた、
分厚い、
日誌を、
叩いた。
「あの、
最後の、
ページ。
『クロノス・ドレイン』。
彼は、
この、
装置の、
ことを、
そう、
呼んでいた。
そして、
彼は、
『封印は、失敗した』
と、
書いた。
つまり、
彼らは、
『封印しようとした』
んだ、
ケンジ」
そうだ。
我々が、
爆破した、
あの、
ハッチ。
あれは、
ナチスが、
取り付けた、
「蓋」だ。
「彼らには、
『制御室』が、
あったはずだ」
アリスが、
言った。
「この、
『排水口』を、
制御、
あるいは、
封印するための、
施設が。
我々は、
それを、
見つけなければならない」
アリスは、
私を、
放し、
老婆の、
ザハラに、
向き直った。
「ザハラ。
あなたは、
ここで、
待っていてくれ。
いや、
できるだけ、
ここから、
離れてくれ」
「いいえ」
ザハラは、
か細く、
首を、
振った。
「私は、
動かない。
私は、
この、
『境界』を、
守る。
あなた方が、
時間を、
奪われている間、
私は、
あなた方の、
『未来』を、
ここで、
受け取り続ける。
それが、
この、
大地に、
属する、
私の、
『役目』だ」
それは、
あまりにも、
残酷な、
「均衡」(バランス)だった。
アリスは、
唇を、
噛みしめ、
そして、
頷いた。
「ケンジ、
ライトは、
まだ、
点いているな」
彼が、
持っている、
古い、
電池式の、
フラッシュライト。
それは、
まだ、
奇跡的に、
機能していた。
「行くぞ。
バオが、
どこへ、
消えたか、
忘れる前に」
その、
言葉が、
私の、
最後の、
理性を、
揺さぶった。
そうだ。
バオ。
二十五歳の、
あの、
技術者。
彼が、
いた。
彼が、
「存在した」
という、
事実を、
我々は、
まだ、
「覚えて」
いる。
その、
記憶さえ、
消えてしまったら、
我々は、
もう、
人間では、
いられない。
我々は、
再び、
闇の、
中へと、
足を踏み入れた。
今度は、
不死を、
夢見て、
ではなく、
確実な、
「消滅」を、
覚悟して。
「アリス、
待て」
ジャイロスコープへ、
向かう、
途中だった。
私は、
壁際に、
何か、
「違う」
構造が、
あることに、
気づいた。
あの、
黒い、
「影」の、
物質ではない。
我々が、
入ってきた、
ハッチと、
同じ、
錆びついた、
灰色の、
「鋼鉄」の、
壁。
それは、
黒い、
聖堂の、
壁に、
まるで、
「寄生」するように、
埋め込まれていた。
「これだ…」
アリスが、
フラッシュライトで、
そこを、
照らした。
そこには、
潜水艦の、
ような、
分厚い、
鉄の、
扉が、
あった。
そして、
その、
扉の、
上部には、
ドイツ語で、
こう、
書かれていた。
『Steuerraum –
Kontrolle』
(制御室)
アリスが、
ハンドルに、
手をかけた。
爆破された、
ハッチと、
違い、
これは、
内側から、
厳重に、
ロックされて、
いた。
「クソッ、
開かない!」
「アリス、
そこを、
照らせ」
私は、
扉の、
蝶番(ちょうつがい)の、
あたりを、
指差した。
そこには、
小さな、
点検口が、
あった。
ガラスは、
内側から、
粉々に、
割れていた。
アリスが、
その、
割れた、
穴から、
フラッシュライトの、
光を、
中に、
差し込んだ。
彼は、
一分ほど、
中を、
覗き込み、
そして、
何も、
言わずに、
後ずさり、
その場に、
崩れ落ちた。
「アリス?」
彼は、
顔面蒼白だった。
「どうした?
何が、
あった?」
「彼らだ…」
アリスが、
震える、
声で、
言った。
「彼らが…
『いた』…」
私は、
彼を、
突き飛ばすようにして、
その、
点検口から、
中を、
覗き込んだ。
中は、
狭い、
機械室だった。
古い、
アナログの、
計器類が、
壁を、
埋め尽くして、
いる。
そして、
ライトの、
光が、
床の、
上に、
散らばる、
「何か」を、
照らし出した。
最初は、
それが、
何だか、
分からなかった。
白く、
脆(もろ)そうな、
小さな、
物体。
動物の、
骨か?
だが、
次の、
瞬間、
私は、
自分の、
息が、
止まるのを、
感じた。
それは、
人間の、
骨。
だが、
あまりにも、
小さい。
あまりにも、
繊細だ。
それは、
「子供」の、
骨格。
いや、
それよりも、
もっと、
小さい。
「乳児」の、
骨格だった。
いくつも、
いくつも、
まるで、
打ち捨てられた、
人形のように、
床に、
散らばって、
いた。
彼らは、
外に、
逃げようと、
したのではない。
彼ら、
ナチスの、
科学者たちは、
この、
「制御室」に、
立てこもったのだ。
彼らは、
自分たちが、
作った、
この、
鉄の、
箱が、
あの、
黒い、
聖堂の、
「逆行」から、
自分たちを、
守ってくれると、
信じたのだ。
だが、
それは、
間違いだった。
時間は、
この、
鋼鉄の、
壁さえ、
透過した。
そして、
彼らは、
この、
密室の中で、
バオと、
同じ、
運命を、
辿った。
若返り、
子供に、
なり、
赤ん坊に、
なり、
そして、
「受精卵」に、
戻り、
消滅した。
我々が、
爆破した、
あの、
ハッチは、
「封印」では、
なかった。
あれは、
彼らの、
「命綱」だったのだ。
彼らは、
あれを、
開けて、
「外」へ、
逃げ出そうとした。
だが、
間に合わなかった。
その、
真実に、
気づいた、
瞬間、
私の、
脳に、
電流が、
走った。
「アリス、
そうだ…」
私は、
点検口から、
顔を、
離し、
アリスを、
見た。
「我々が、
爆破した、
あの、
ハッチ。
あれは、
ただの、
『扉』じゃない。
あれは、
『安全装置』(フェイルセーフ)
だったんだ」
「何を、
言っている、ケンジ…
もう、
訳が、
分からない…」
「違う、
今、
なら、
分かる!
私の、
物理学の、
知識が、
完全に、
消える前に、
聞け!
あの、
『クロノス・ドレイン』は、
止められない。
だが、
ナチスは、
その、
『流れ』を、
弱める、
方法を、
見つけたんだ。
それが、
この、
制御室だ。
彼らは、
この、
機械で、
ジャイロスコープに、
何らかの、
『干渉』を、
試みた。
だが、
それは、
この、
内部の、
『逆行』を、
さらに、
加速させた。
だから、
彼らは、
『外』の、
エネルギーを、
取り込む、
『弁』として、
あの、
ハッチを、
作った。
あれは、
この、
内部の、
時間を、
『中和』するための、
『減衰器』(ダンパー)
だったんだ!」
アリスが、
目を見開いた。
「じゃあ、
我々が、
あれを、
爆破した、
ことで…」
「そうだ」
私は、
彼の、
言葉を、
引き継いだ。
「我々は、
『減衰器』を、
破壊し、
この、
『排水口』を、
全開に、
して、
しまったんだ。
バオが、
あれほどの、
速度で、
消滅したのも、
ザハラが、
あれほどの、
速度で、
老化したのも、
全て、
我々の、
せいだ!」
「じゃあ…」
アリスは、
立ち上がった。
彼の、
目には、
今や、
恐怖も、
絶望も、
なかった。
ただ、
冷たく、
静かな、
「覚悟」が、
あった。
「『閉める』
方法は、
一つしか、
ないな、
ケンジ」
彼は、
錆びついた、
制御室の、
扉を、
見つめた。
「我々が、
この、
『中身』に、
なり、
あの、
『減衰器』を、
『内側』から、
再び、
作動させる」
[Word Count: 3290]
Hồi 3, Phần 2
「内側から、
作動させる…」
私は、
アリスの、
言葉を、
オウム返しにした。
私の、
頭脳は、
もはや、
複雑な、
思考を、
拒絶し始めていた。
物理学の、
博士号。
学んだ、
全ての、
知識。
それが、
今や、
まるで、
水に、
溶けた、
砂糖のように、
輪郭を、
失って、
いく。
「だが、
アリス…
この、
扉は、
ロックされて、
いる。
我々には、
爆薬も、
カッターも、
ない」
「そうだ」
アリスは、
頷いた。
彼は、
若返った、
(二十代半ばに、
見える)
目で、
その、
鋼鉄の、
扉を、
見つめていた。
「だが、
曾祖父は、
この、
『墓場』を、
作った。
なら、
彼は、
必ず、
『裏口』を、
用意して、
いるはずだ」
彼は、
日誌を、
再び、
開いた。
光を、
失っていく、
思考で、
必死に、
その、
乱れた、
ドイツ語を、
追っている。
「これだ…」
彼が、
指差した、
ページ。
そこには、
インクではなく、
何かの、
錆びた、
ような、
茶色い、
シミで、
走り書きが、
されていた。
それは、
血だ。
「『…もし、
制御室が、
内側から、
ロックされた、
場合…
(神よ、
我々は、
何を、
恐れているのだ?)
…『換気ダクト』
(Luftungsschacht)
…を、
使え…
それは、
『ジャイロ』の、
真下、
『影』の、
中心に、
通じている…』」
アリスは、
顔を上げた。
「ケンジ、
我々が、
見つけた、
あの、
『玩具』と、
『靴』の、
場所だ」
我々は、
再び、
走った。
あの、
巨大な、
黒い、
ジャイロスコープ。
静止した、
時間の、
墓標。
その、
真下。
ナチスの、
科学者たちの、
「最後の、
名残」が、
散らばっていた、
場所。
アリスが、
フラッシュライトで、
床を、
照らした。
それは、
黒い、
鏡のような、
床だった。
だが、
アリスが、
その、
子供の、
靴が、
落ちていた、
場所の、
近くを、
ブーツの、
踵で、
叩くと、
そこだけ、
「違う」
音が、
した。
コツ、
コツ、
ではなく、
コン、
コン、
という、
中が、
空洞の、
音。
「ここだ!」
彼は、
ナイフを、
(それは、
まだ、
彼が、
持っていた)
その、
床の、
継ぎ目らしき、
ものに、
ねじ込んだ。
そこには、
偽装された、
小さな、
金属製の、
ハッチが、
あった。
錆びつき、
固着して、
いた。
「開かない…!」
アリスが、
全体重を、
かけても、
ビクとも、
しない。
「貸せ!」
私は、
彼を、
突き飛ばし、
その、
隙間に、
自分の、
指を、
ねじ込もうとした。
だが、
私の、
指は、
もう、
「物理学者」の、
指では、
なかった。
シワが、
消え、
傷一つない、
若々しい、
(二十代後半の)
指。
力は、
あった。
だが、
「知恵」が、
足りなかった。
「クソッ!」
アリスが、
叫んだ。
彼は、
もはや、
学者では、
なく、
ただの、
絶望した、
若者に、
なっていた。
彼は、
フラッシュライトを、
私に、
押し付け、
「持ってろ!」
と、
叫ぶと、
自分の、
ベルトから、
重い、
バックルを、
引きちぎった。
そして、
その、
金属の、
塊で、
まるで、
原始人が、
石器を、
使うように、
ハッチの、
蝶番(ちょうつがい)を、
狂ったように、
何度も、
何度も、
殴りつけた。
ガァン!
ガァン!
甲高い、
金属音が、
聖堂に、
響き渡った。
それは、
この、
空間に、
入って、
初めて、
聞いた、
「我々の」
音が、
反響する、
瞬間だった。
『ウウウウウウウウウン…』
まるで、
我々の、
「抵抗」に、
気づいた、
かのように、
ジャイロスコープの、
重低音が、
一段と、
低く、
なった。
空気が、
震えた。
「急げ、アリス!」
私は、
叫んだ。
「『あれ』が、
気づいた!」
ハッチが、
ついに、
歪み、
外れた。
アリスは、
それを、
蹴り飛ばした。
下には、
狭く、
暗い、
縦穴が、
続いていた。
「先に行け、ケンジ!」
アリスが、
叫んだ。
私は、
躊躇(ちゅうちょ)しなかった。
若返った、
体は、
本能的に、
その、
闇へと、
飛び込んでいた。
数メートル、
落下し、
金属の、
床に、
転がり込んだ。
アリスが、
すぐ、
上から、
飛び降りてきた。
フラッシュライトが、
乱暴に、
闇を、
切り裂き、
そして、
「制御室」の、
内部を、
照らし出した。
そこは、
地獄だった。
いや、
地獄よりも、
静かで、
残酷な、
場所だった。
壁一面の、
アナログ、
計器。
その、
全ての、
針は、
「ゼロ」を、
指して、
止まって、
いた。
そして、
床。
床には、
あの、
点検口から、
見えた、
「乳児」の、
骨が、
散らばって、
いた。
彼らが、
着ていたであろう、
小さな、
服の、
断片と、
一緒に。
「神よ…
彼らは、
ここで…
最後の、
瞬間まで、
『逆行』
し続けたんだ…」
アリスが、
壁に、
手をつき、
えずいた。
だが、
その、
壁に、
手をついた、
彼の、
指が、
「何か」に、
触れた。
「ケンジ…」
彼の、
声が、
震えていた。
「ライトを、
ここに…」
私が、
光を、
向けた。
そこは、
この、
制御室の、
一番、
奥の、
壁。
計器盤の、
真下。
そこには、
インクでは、
なく、
鋭利な、
何かで、
(おそらく、
ナイフの、
先端で)
鋼鉄の、
壁に、
直接、
「刻まれた」
最後の、
メッセージが、
あった。
ドイツ語だった。
アリスは、
まるで、
自分の、
墓碑銘でも、
読むかのように、
それを、
一言、
一言、
辿った。
『…私、
アルブレヒト・ソーンは、
罪を、
犯した。
私は、
この、
『力』を、
兵器に、
しようとした。
神を、
気取り、
『不死』を、
夢見た。
だが、
これは、
不死ではない。
これは、
『虚無』(Das Nichts)だ』
アリスの、
息が、
詰まった。
「彼は…
私と、
同じ、
だった…」
『…私は、
この、
排水口を、
『逆流』
させようと、
試みた。
この、
制御室で。
だが、
それは、
『逆行』を、
加速させただけだ。
我々は、
閉じ込められた。
(子供たちの、
泣き声が、
聞こえる…
いや、
それは、
我々自身の、
声だ…)』
『…脱出は、
不可能だ。
だが、
『封印』は、
可能だ。
あの、
『外』の、
ハッチ。
あれは、
『減衰器』だ。
この、
制御室の、
メイン・コンソールが、
まだ、
生きている。
『緊急パージ・システム』
(Not-Spülung)
を、
作動させれば、
この、
制御室の、
全、
エネルギーが、
あの、
ハッチの、
『電磁ロック』に、
送られる。
ハッチは、
(たとえ、
開いていても)
強制的に、
閉じ、
そして、
二度と、
開かない、
『アーク溶接』
(Lichtbogenschweißung)
で、
封印されるだろう』
「これだ!」
アリスが、
叫んだ。
彼は、
部屋の、
中央にある、
巨大な、
コンソールに、
駆け寄った。
そこには、
一つの、
巨大な、
赤い、
「レバー」が、
あった。
『Not-Spülung』
(緊急パージ)
と、
書かれている。
「ケンジ!
やったぞ!
これで、
封印できる!」
アリスは、
レバーに、
手をかけた。
だが、
私は、
その、
壁の、
最後の、
一文を、
読み終えて、
いた。
私は、
その、
絶望的な、
「追伸」を。
「待て、アリス!」
私は、
叫んだ。
「その、
最後を、
読め!」
アリスは、
訝(いぶか)しげに、
壁に、
視線を、
戻した。
フラッシュライトの、
光が、
その、
鋼鉄に、
刻まれた、
最後の、
「警告」を、
照らし出した。
『…警告。
システムを、
作動させれば、
制御室の、
残存エネルギーが、
全て、
ハッチに、
転送される。
だが、
その、
『対価』として、
この、
『クロノス・ドレイン』は、
失われた、
エネルギーを、
補うため、
最も、
近くにある、
『時間源』
(Zeit-Quelle)
を、
瞬時に、
『吸収』するだろう。
この、
コンソールの、
前に、
立つ、
『人間』を』
アリスは、
レバーに、
手を、
かけたまま、
凍りついた。
バオは、
数分、
あるいは、
数時間かけて、
消滅した。
だが、
これは、
違う。
『瞬時に』
『吸収』
される。
「…犠牲が、
必要だ…」
アリスが、
呟いた。
「レバーを、
引いた、
人間は…
バオのように、
消える。
いや、
それよりも、
速く、
一瞬で、
『存在しなかった』
ことに、
なる」
そうだ。
それが、
アルブレヒト・ソーンが、
起動できなかった、
理由だ。
彼は、
怖かったのだ。
消滅が。
彼は、
この、
密室で、
乳児の、
骨になる、
「運命」を、
選んだ。
「瞬時に」
消える、
「勇気」よりも。
「ケンジ…」
アリスが、
私を、
見た。
彼の、
顔は、
もう、
三十代でも、
二十代後半でも、
なかった。
彼は、
まるで、
バオと、
同じ、
「二十五歳」の、
青年の、
顔を、
していた。
我々の、
若返りは、
止まらない。
記憶も、
知識も、
消えていく。
「ケンジ、
君は、
物理学者だ」
と、
彼は、
言った。
「その、
知識が、
まだ、
残っているか?」
「何が、
言いたい」
「君は、
まだ、
『タナカ・ケンジ』
か?」
「そうだ」
私は、
答えた。
だが、
声は、
震えていた。
「そうか」
アリスは、
頷いた。
「だが、
俺は、
もう、
『アリス・ソーン』
じゃない。
俺は、
『アルブレヒト・ソーン』の、
『罪』
そのものだ」
彼は、
私に、
背を向け、
レバーを、
両手で、
握りしめた。
「アリス、
やめろ!」
私は、
彼に、
飛びかかろうとした。
「彼が、
(曾祖父が)
失敗した、
『贖罪』(しょくざい)を、
俺が、
今、
ここで、
『完了』
する」
「二人で、
引けば…」
「無駄だ!」
彼が、
叫んだ。
「対価は、
『一人』で、
十分だ。
二人とも、
消える、
必要は、
ない!
ケンジ、
お前は、
生きろ!」
「いやだ!」
「生きろ!
そして、
ザハラを、
あの、
入り口から、
引きずり出せ!
あそこは、
もう、
じきに、
『アーク溶接』
されるんだ!
巻き込まれるぞ!」
彼は、
私を、
見た。
その、
目には、
もはや、
狂気も、
妄執も、
なかった。
それは、
ただ、
「決意」した、
男の、
目だった。
「急げ!
ケンジ!
お前の、
物理学の、
知識が、
消える前に!
俺の、
顔が、
誰だか、
『分からなくなる』
前に!」
彼は、
私を、
制御室の、
ダクトの、
出口へと、
突き飛ばした。
「アリス!」
「行け!
そして、
覚えていろ!
『ソーン』という、
名前の、
男が、
最後に、
『正しい』
ことを、
したと!」
彼は、
私に、
向かって、
あの、
アリス・ソーンの、
(彼が、
まだ、
彼で、
あった頃の)
最後の、
「笑顔」を、
見せた。
そして、
彼は、
レバーを、
引く、
体制に、
入った。
「揺れを、
感じたら、
それが、
『合図』だ!
走れ!」
[Word Count: 3288]
Hồi 3, Phần 3
私は、考える暇などなかった。
論理や、自己犠牲や、この行為の無意味さについて、議論する時間はない。
知識が、私の中から、どんどん滑り落ちていく。
特殊相対性理論の公式、$E=mc^2$ は、今や、意味不明な文字と記号の集まりになりつつある。
残っているのは、本能だけだ。
生き残ろうとする本能。そして、もっと重要な、**「正しいこと」**を終わらせなければならないという本能。
「アリス!」
私は叫んだが、彼は私に背を向けていた。
その手は、真っ赤なレバーを固く握りしめている。
薄暗い懐中電灯の光が、二十五歳の彼の瞳に反射していた。
時間が還元したアリス。彼は、一族の妄執の結果を終わらせるために、自らの存在を消去する覚悟を決めていた。
「行け、ケンジ!」彼は唸った。その全ての力が、レバーに注がれている。
私は、彼が私にして欲しくないこと、つまり、ブースに戻るのではなく、破壊されたハッチの入り口へと、再び暗闇の中を走り出した。
ザハラを、救わなければならない。
私は走った。
体は羽のように軽い。疲労感は一切ない。体が「まだ疲れていない」状態へと滑り落ち続けているからだ。
だが、この身体の軽さは、私の心に生じた空白と、重い悲しみを、かえって際立たせた。
一秒、二秒…アリスはもうレバーを引いたのだろうか?
私の視界がおかしくなっている。懐中電灯の光が、以前ほど遠くまで届かない。
電池が切れたわけではない。この環境では、むしろ電池は「充電」されているはずだ。
そうではなく、私の**「目」**そのものが変化しているのだ。
私は、もう近眼ではない。
私のメガネが、消えていた。
いつ外したのか覚えていない。いや、外したのではない。私の目が、自らを治癒し、「まだメガネが必要なかった」状態へと戻ったために、メガネは存在を失ったのだ。
完璧な若者の視力が戻ってきた。だが、それは、崩壊する記憶と引き換えだった。
私は走りながら、ブツブツと呟いた。「私の名はタナカ・ケンジ。私は物理学者だ。私は物理学者だ。私は…」
なぜ、自分が物理学者なのか、もう思い出せなかった。
ようやく、光が見えた。
砂漠の黄金の光ではない。ザハラが立っていた、あの灰色がかった、弱々しい「外」の光だ。
ハッチの入り口は、もう目の前だった。
そして、老女となったザハラは、まだそこに、力なく立っていた。
「ザハラ!」私は叫んだ。声は、二十代後半の男のような、澄んだ、高い声になっていた。
私は黒い穴から飛び出し、爆破された鋼鉄の扉をくぐり抜け、砂漠の環境へと戻った。
ドォン!
それは、音ではなかった。
衝撃波だ。
爆発のような横方向の振動ではなく、地下の奥深くから突き上げてくる、激しい鉛直方向の衝撃。
まるで、巨大な質量が、一瞬にして地球から引き抜かれたかのようだ。
同時に、私のポケットの中の古い真鍮製羅針盤が、甲高い**「キイィン!」**という悲鳴を上げた。
反時計回りの回転が止まった。
針は激しく震えながら数回まわった後、カチン、という鋭い音と共に、北を指した—我々がこの異常領域に入って以来、初めてのことだ。
全てが、元に戻った。
いや、**「新しい正常」**に戻ったのだ。
私は振り返り、あの入り口を見た。
内側から、強烈な青い光の閃光が放たれていた。それは火ではない。アーク溶接の光だ。
ブースターに送られた制御室の全てのエネルギーが、今、電気アーク溶接に変換されていた。
爆破で歪んだ鋼鉄の扉は、目に見えない磁力によって強制的に引き戻され、フレームと融合し始めた。
扉の縁とフレームは、溶け合い、一つになった。
アーク溶接の電流は流れ続け、そのゲート全体を、永久に封印した。
「アリス…」私は囁いた。もはや吐き気も恐怖も感じない。あるのは、深い虚無と悲しみだけだ。
私はザハラに顔を向けた。
彼女は倒れていた。
「ザハラ!」
私は彼女の傍らにひざまずいた。
彼女は激しく、苦しそうに呼吸していた。時間の逆行は止まったが、その代償は残されていた。
「終わったわ…」彼女は弱々しく、濁った目で空を見上げながら、囁いた。
そして、私は気づいた。
空の色が、戻っている。
サハラ砂漠の、青く澄み切った空の色が戻り、憂鬱な灰色を追い払った。太陽は、当たり前のように明るく輝いていた。足元の砂は、また熱くなっていた。
「ここから出ましょう!」
私は彼女を抱きかかえようとした。彼女の体は驚くほど軽く、弱っていた。
「だめよ… 遅すぎる、若き友よ…」彼女は静かに首を振った。「私は…私の分を受け取った。お前たちが…取り戻した、未来の全てを。これは…この砂漠の…掟なの」
私は自分の顔を見た。自分の両手を見た。私は二十五歳の男に戻っていた—バオが消滅した年齢、そして、アリスが今、消滅した年齢だ。
「蘇生…」私は呟いた。
「蘇生ではないわ」ザハラは静かに言った。「ただの…還元。タナカ・ケンジよ… あなたの未来が… 見える… あなたは戻る… そして… あなたは…」
彼女は、咳き込んだ。その咳は、乾いた、老人のものだった。
「あなたの…名前を…覚えていなさい。そして…アリスの名前を。証人になりなさい… あなたが… 決して… 忘れなかった… 物理学者に…」
彼女は目を閉じた。彼女の最後の息は、熱い空気の中に溶けていった。
一人の老女が、我々が逃れた時間の重荷を全て引き受け、そして、数分のうちに命を落とした。
私は、彼女を抱きしめたまま、溶接され、永久に閉ざされた金属のゲートを見つめた。そこには、祖先の罪を終わらせるために、自らの存在を自発的に消去した男がいた。
太陽が沈み始めた。砂漠の気温は急速に低下していく。
私は立ち上がり、ザハラを砂の上に丁寧に寝かせた。
私はもう、自分が誰なのか、なぜここにいるのか分からなかった。
物理学者。タナカ・ケンジ。名前。アイデンティティ。それがザハラが守ろうとした全てだ。
ポケットの中で、私は羅針盤ではない、別のものを触れた。
それは、アリスが握りしめていた、アルブレヒト・ソーンの分厚い日誌だ。いつ私のポケットに入ったのか覚えていない。私は最後のページを開いた。
そこには、曾祖父アリスの警告と後悔が、血で書かれていた。
私の名はケンジ・タナカ。あなたの名はアリス・ソーン。あなたは世界を救った。
私はそれを記憶した。還元された二十五歳の精神の、全ての力で。
私は周囲を見回した。ドローンの残骸は跡形もなく消え、砂に埋もれていた。ジープも砂に埋まっていた。GPSはない。無線もない。私は完全に孤立していた。
だが、羅針盤は、正しく北を指していた。
私は立ち上がった。北を見た。
そして、歩き始めた。
私はタナカ・ケンジ。物理学者。私は相対性理論の公式を覚えていない。だが、それを弄んだ**「結果」**だけは、覚えている。
私は、誰を愛したか、どこに住んでいたか、何をしようとしていたか、覚えていない。
だが、アリス・ソーンだけは、覚えている。
そして、ザハラを。
私は歩き続けた。溶接され、永遠に封印された巨大な鉄の墓を後に、サハラ砂漠の薄明かりの中を。そこは、かつて、時間が逆流した場所だ。
[エピローグ]
私は四日間歩いた。水も食べ物もなかった。
還元された状態の私に、それは必要なかった。私の体は絶えず自己治癒し、「還元」し続けていた。一歩歩くごとにエネルギーを浪費したが、それはすぐに時間によって「返済」された。私は、飢えも渇きも疲れもない、奇妙なバランスの中で生存していた。
それは、つかの間の不死だった。
五日目、迷子のトゥアレグ族のキャラバンが私を発見した。
彼らは私を小さな村へ連れて行った。
私は自分の母国語(日本語)を話すことができなかった。流暢に話せたのは、アリスやバオと使っていたドイツ語と英語だけだった。
私はカイロの大使館に引き渡された。
私は身分証明書を持っていなかった。指紋もない。パスポートは燃えていた。私に残されたのは、古い羅針盤と、古いドイツ語の日誌、そして一つの名前だけだった。
六ヶ月後、私はケンブリッジ大学の大学院研究プログラムに、出自不明の優秀な学生として受け入れられた。
私は天才だった。何を学んだか覚えていなくても、私の頭脳には、知識の**「構造」だけが残っていた。私は驚くべき速度で物理学を学び、それは学ぶというよりも、「思い出す」**に近い感覚だった。
私は、相対性理論の公式を、絶対に思い出さなかった。私は、それを書き出すのを恐れた。
一年後、私は大学史上最年少で、田中ケンジ博士となった。
私は、キャリアの全てを、**「時間の非対称性」と「因果律の保存」**に関する理論の研究に捧げた。
私は有名になった。エントロピーと「情報の逆流」という概念に執着する、奇妙な物理学者として。
私はアリスを覚えている。ザハラを覚えている。そして、バオを覚えている。
だが、彼らの痕跡は、どこにも見つからなかった。
それから二十年後。
私は東京で客員教授を務めている。
私には小さな研究室があり、そこにはホワイトボードがある。私はそこに、いつも三つの名前を書いている。ケンジ、アリス、バオ。
私は引退間近だ。
今日、一人の若い学生が私の部屋のドアをノックした。彼女は私の教え子で、量子力学のモデル化を専門とする、非常に才能のある学生だ。
「タナカ教授」と彼女は言った。
「入りなさい、リン君」
リン君が入ってきた。長い黒髪、知的な瞳。彼女は少し緊張しているように見えた。
「あの…この本について、教授にお尋ねしたいことがあります。父がこれを見つけました。父はアマチュアの考古学者なんです」
彼女は、一冊の古びた小さな手帳を私の机に置いた。
私はそれを開いた。
それは日誌だった。開かれたページには、震えるような日本語の筆跡があった。
サハラで行方不明になってから三〇年が経った。全てを再構築した。私は物理学者になった。だが、相対性理論の公式だけは、どうしても書けない。私は恐れている。アリスを覚えている。ザハラを覚えている。バオを覚えている。全てが、薄れ始めている…
バオ。彼の名前はバオ。バオ…何だった?
その下に、別のペン、よりしっかりとした、若い筆跡で、一行の文字が書かれていた。
もし誰か、この本を見つけたら。覚えておいてくれ。私の名はタナカ・ケンジ。私は物理学者だ。北緯二四度五一度一八秒、東経三二度三九度四〇秒にある、溶接されたゲートを、決して開けてはならない。それは「時の流れ」だ。そして、それを閉じた男の名は、アリス・ソーンだ。
私はその日誌を見た。私が書いた覚えはない。
私はリン君を見た。
「教授?」と彼女は尋ねた。
「すみません」と私は言った。「この本は…私には覚えがありません。どこで見つけたのですか?」
「祖父の屋根裏部屋の古い箱の中です。父が言うには、『父の日誌』と書いてあったそうです。祖父は、父の父は物理学者だったが、行方不明になったと言っていました」
私は、手に持った日誌の表紙の名前を見た。タナカ・ケンジ。
「教授?」
私は微笑んだ。安堵と、悲しみが混じった笑みだ。
「リン君。この本には覚えがないが、実に興味深い物理概念がいくつか書かれている」
私は日誌を閉じた。
「そして、一般相対性理論の公式についてだが」と、私は自分のまっさらなホワイトボードを見ながら言った。
「心配しなくていい。来週から、また最初から始めることにしよう」
私は忘れかけている。私は記憶を失いつつある。
だが、私は自分自身に警告を見つけさせ、研究を続けさせる**「新しいバージョン」**を創造することに成功したのだ。私は小さな因果律の保存の輪を完成させた。
私はホワイトボードに向き直り、チョークを手に取った。
私はそこに、自分の名前を書いた。思い出すために。
タナカ・ケンジ。
そして、その下に、力強い筆致で、さらに三つの名前を書いた。
アリス。ザハラ。バオ。
四人。四つの名前が、今、ここに、保存された。
私は、次の指示を待っているリン君を見た。
「リン君」と私は言った。「エントロピーの法則から始めよう。それは、時間について、何を示唆していたかね?」
時間は、常に未来へ進む。
私は微笑んだ。
あるいは、そうであったはずだ。
[総語数:29,826]
TÓM TẮT TIẾNG VIỆT
BƯỚC 1: DÀN Ý CHI TIẾT (Tiếng Việt)
Tên Kịch Bản (Tiếng Nhật): 砂漠の逆行 (Suna no Gyakkou – Sự Đảo Ngược Của Cát) Ngôi kể: Ngôi thứ nhất (Tôi = Tiến sĩ Tanaka Kenji)
NHÂN VẬT
- “Tôi” (Tiến sĩ Tanaka Kenji, 42 tuổi): Nhà vật lý lượng tử. Người kể chuyện. Một người đàn ông lý trí, điềm tĩnh, tin vào các phương trình. Chuyến đi này phá vỡ mọi hiểu biết của ông về thực tại.
- Tiến sĩ Aris Thorne (35 tuổi): Nhà khảo cổ lịch sử, chuyên gia về Thế chiến II. Người tài trợ chuyến đi. Bị ám ảnh bởi việc ông cố (một nhà khoa học Đức) mất tích bí ẩn tại Sahara. Aris liều lĩnh, tin rằng Đức Quốc Xã đã tìm thấy một “vũ khí”.
- Zahra Al-Jamil (30 tuổi): Người dẫn đường Tuareg, kỹ sư hậu cần. Sinh ra tại sa mạc. Gia đình cô truyền lại truyền thuyết về “Vùng Cát Chết” – nơi các ngôi sao quay ngược và thời gian ngủ yên. Cô đại diện cho mâu thuẫn giữa truyền thuyết và khoa học.
- Bao (25 tuổi): Kỹ thuật viên, chuyên gia drone và tín hiệu. Đại diện cho thế hệ trẻ quá phụ thuộc vào công nghệ.
HỒI 1: THIẾT LẬP & PHÁT HIỆN (Tổng ~8.000 từ)
- Cold Open: Tôi (Kenji) ở trong lều, nhìn chằm chằm vào chiếc la bàn cơ học cũ. Kim của nó không chỉ về phía Bắc. Nó đang quay rất chậm… ngược chiều kim đồng hồ. Tiếng động bên ngoài không phải gió, mà là tiếng Aris đang thở hổn hển, đào bới. (Gieo mầm: La bàn sai).
- Thiết lập (Hồi tưởng ngắn): Lý do chúng tôi ở đây. Aris Thorne đã thuyết phục tôi tham gia, dựa trên nhật ký mật của ông cố anh ta. Họ không tìm vàng. Họ tìm một “điểm dị biệt” (Anomaly) mà Đức Quốc Xã cố gắng nghiên cứu.
- Địa điểm: “Vùng Cát Chết”, một vùng trũng địa chất kỳ lạ ở Sahara mà các bản đồ hiện đại đều né tránh.
- Manh mối đầu tiên: Chúng tôi không tìm thấy hầm ngầm. Chúng tôi tìm thấy một cấu trúc kim loại khổng lồ, làm bằng hợp kim không xác định, không hề rỉ sét. Bao báo cáo tất cả tín hiệu (GPS, vệ tinh) đều “chết” khi đến gần. Drone của anh ta rơi như đá.
- Sự kiện thúc đẩy: Aris, bất chấp sự can ngăn của Zahra (cô nói “nơi này đang ngủ”), dùng thuốc nổ nhẹ phá vỡ một cửa sập bị niêm phong. Trên cửa có biểu tượng Đức Quốc Xã và một biểu tượng khác: một con rắn Ouroboros (tự cắn đuôi) nhưng bị gãy làm đôi.
- Cliffhanger Hồi 1: Cửa sập mở ra. Không có vàng. Chỉ có một bóng tối đặc quánh và một âm thanh rè rè ở tần số cực thấp. Ngay lập tức, tất cả thiết bị điện tử của chúng tôi (đồng hồ kỹ thuật số, máy tính, điện thoại) đồng loạt tắt ngấm. Chiếc la bàn cơ của tôi bắt đầu quay tít… ngược chiều. Zahra lùi lại, “Chúng ta đã đánh thức nó.”
HỒI 2: HỖN LOẠN & ĐẢO NGƯỢC (Tổng ~12.000–13.000 từ)
- Thử thách đầu tiên (Thời gian vật lý): Bao, với sự tò mò của tuổi trẻ, vào trước để kiểm tra. Anh ta vấp ngã. Vết xước sâu trên tay anh ta… lành lại ngay lập tức. Chúng tôi thấy anh ta kinh ngạc, rồi hoảng sợ. Anh ta rút dao, tự cắt nhẹ vào lòng bàn tay. Vết thương đóng lại trước mắt chúng tôi. Aris reo lên “Chúa ơi!”. Tôi (Kenji) thấy kinh hoàng.
- Khám phá bên trong: Nó không phải là một hầm chứa. Nó là một cỗ máy hoặc một ngôi đền. Ở trung tâm là một con quay hồi chuyển khổng lồ bằng đá đen, im lặng. Tôi (Kenji) nhận ra tín hiệu địa từ không phải biến mất – chúng bị hút vào trung tâm này như một lỗ đen từ trường.
- Hiện tượng kỳ dị (Thời gian sinh học): Cảm giác đầu tiên là “đói”. Nhưng là cảm giác sau khi ăn no. Chúng tôi uống nước, và ngay lập tức cảm thấy khát khô. Cảm giác mệt mỏi biến mất, thay vào đó là sự kiệt sức trước khi làm việc. Trí nhớ ngắn hạn của chúng tôi bắt đầu chập chờn.
- Xung đột & Twist giữa hành trình: Aris muốn kích hoạt nó, tin rằng đây là “cỗ máy thời gian”. Tôi (Kenji) nhận ra sự thật khủng khiếp hơn: Nó không điều khiển thời gian. Nó là một “điểm rò rỉ” (a leak) trong vũ trụ. Đức Quốc Xã không xây dựng nó. Họ tìm thấy nó và cố gắng niêm phong nó. Chúng ta vừa phá hỏng niêm phong đó.
- Cao trào Hồi 2 (Sự mất mát): Bao bắt đầu la hét. Anh ta nhìn vào bàn tay mình. Chúng đang trở nên… mịn màng hơn. Các vết sẹo cũ mờ đi. Anh ta đang trẻ lại. Anh ta hoảng loạn, nói rằng anh ta đang quên mật khẩu máy tính của mình.
- Mất mát: Zahra cố gắng kéo Bao ra khỏi hầm. Nhưng khi họ đến gần cửa, Bao bắt đầu co giật. Anh ta đang trẻ lại quá nhanh. Anh ta nhìn chúng tôi với ánh mắt của một đứa trẻ… rồi một đứa bé. Và rồi, anh ta biến mất. Không phải tan rã. Anh ta chưa từng được sinh ra trong vùng ảnh hưởng này. Anh ta bị xóa khỏi dòng thời gian.
- Kết Hồi 2: Aris sụp đổ. Anh ta không tìm thấy vũ khí; anh ta đã mở ra một ngôi mộ. Zahra, trong cơn thịnh nộ và đau buồn, tuyên bố rằng sa mạc đang “lấy lại” những gì đã bị đánh cắp. Tôi (Kenji) nhìn Aris. Vết sẹo trên má anh ta (từ tai nạn tuần trước) đang mờ dần. Cả tôi và Aris đều đang trẻ lại. Và chúng tôi đang dần quên lý do tại sao chúng tôi ở đây.
HỒI 3: GIẢI MÃ & CHUỘC LỖI (Tổng ~8.000 từ)
- Sự thật hé lộ: Chúng tôi (Kenji và Aris) phải quay lại trung tâm cỗ máy. Chúng tôi phải đóng nó lại. Nhưng chúng tôi đang mất dần kiến thức. Tôi phải vật lộn để nhớ các công thức vật lý cơ bản. Aris quên mất tên ông cố của mình.
- Catharsis trí tuệ (Phát hiện về Zahra): Khi chúng tôi trẻ lại, Zahra (người Tuareg, người duy nhất “thuộc về” nơi này) lại đang… già đi nhanh chóng. Tóc cô bạc đi, da nhăn lại. Tôi (Kenji) nhận ra sự thật kinh hoàng: Cỗ máy không chỉ đảo ngược thời gian. Nó cân bằng thời gian. Nó lấy đi tuổi tác của chúng tôi (những kẻ xâm nhập) và trao nó cho Zahra (người bản địa). Sa mạc đang tự chữa lành.
- Giải mã cuối cùng: Chúng tôi tìm thấy phòng điều khiển của Đức Quốc Xã. Có những bộ xương… nhưng chúng là bộ xương của trẻ em. Những nhà khoa học Đức Quốc Xã đã cố gắng chạy trốn và bị “đảo ngược” cho đến chết.
- Twist cuối cùng (Kết nối Hồi 1): Aris tìm thấy bức thư cuối cùng của ông cố mình, viết bằng máu. Ông cố của anh ta không phải bị bắt. Ông ta đã đào tẩu đến đây để phá hủy dự án này. Ông ta đã thất bại và chết trong này, trở thành một đứa trẻ sơ sinh. Biểu tượng con rắn gãy (trên cửa) là một lời cảnh báo: Đừng hoàn thành vòng lặp.
- Hy sinh & Kết thúc: Để đóng niêm phong, một người phải ở lại bên trong, chấp nhận sự đảo ngược hoàn toàn (bị xóa sổ khỏi sự tồn tại). Aris, giờ chỉ còn là một thiếu niên, nhận ra đây là cơ hội chuộc lỗi cho gia đình mình. Anh ta đẩy tôi (Kenji, giờ khoảng 30 tuổi) và Zahra (giờ đã là một bà lão) ra ngoài và kích hoạt lại niêm phong từ bên trong.
- Kết tinh thần: Tôi (Kenji) và Zahra được tìm thấy. Zahra là một bà lão thông thái, không nói gì. Tôi (Kenji) đã trở lại tuổi 42… nhưng với mái tóc bạc trắng chỉ sau một đêm.
- Cảnh cuối cùng: Tôi ở văn phòng của mình. Tôi cầm la bàn cơ học cũ. Nó chỉ về phía Bắc. Nhưng đôi khi… chỉ đôi khi… tôi thấy nó khẽ run rẩy, như thể nó nhớ cảm giác quay ngược. Aris và Bao không chết. Họ… chưa baoj giờ tồn tại. Và tôi là người duy nhất còn nhớ họ. Đó là lời nguyền thật sự.