遠い海辺の里。 都の華やかさとは無縁の、小さな木造りの家。 それが、桜日向子(さくら ひなよ)の住まいだった。
彼女は、静かに古い着物を繕っている。 針を運ぶ指は白く、細い。 その顔立ちは、穏やかだが、 どこか遠くを見つめているような、 諦めに似た静寂を宿していた。
波の音が、絶えず聞こえる。 それは彼女にとって、 忘れられた日々の、唯一の子守唄だった。
一羽の鳥が、軒先をかすめて飛んでいく。 日向子は、ふと手を止め、空を見上げた。 自由な、翼。 自分にはないもの。
その時だった。 数人の役人たちが、馬の息遣いと共に現れた。 彼らの鎧は、この質素な里には不釣り合いだった。
「日向子様。都へお戻りいただきます」
先頭の男が、感情のない声で告げた。 巻物が開かれ、彼女の運命が読み上げられる。 政治の道具として、彼女は再び都に呼び戻されるのだ。
日向子の手は、無意識に握りしめられていた。 喜びはない。 ただ、慣れ親しんだ古い恐怖が、 冷たい水のように、胸に広がっていく。
彼女は何も言わず、 ただ深く、頭を下げた。 それが、彼女に許された唯一の返事だった。
都への道は、長い。 日向子は、粗末な輿(こし)に乗せられていた。 揺れるたびに、 彼女の細い髪に挿された、 一本の素朴な木の簪(かんざし)が小さく揺れた。
不安な時、彼女はその簪に触れる癖があった。 それは、亡き母の、唯一の形見だった。
行列のそばを、一人の男が歩いていた。 名を、新(あらた)という。
彼は、今回の護衛として選ばれた。 しかし、彼は武士ではない。 都の片隅で、剣を打つ、ただの鍛冶師だった。
身なりは粗末だが、その体つきは鍛え上げられている。 背は高く、 無口な横顔は、 硬い鋼(はがね)を思わせた。
彼は、輿を見ない。 ただ、その周囲に、鋭く視線を配っていた。 彼の腰にある剣は、 彼自身が打ったものだ。 それは、飾り物ではなかった。
日向子は、輿の隙間から、 彼の背中をこっそりと見ていた。 なぜ、彼が選ばれたのか。 彼女は知らなかった。
ただ、その無口な背中が、 奇妙なほど、 他の誰よりも、 頼もしく感じられた。
道中、日が暮れ始めた頃。 山道に差し掛かった。 空気が、変わった。
新は、ふと足を止め、 静かに鼻をひくつかせた。 獣の匂い。 いや、それよりも生臭い、 鉄と、殺意の匂い。
「止まれ」
新の低い声が響く。 役人たちが、怪訝な顔で彼を見た。 「何を言うか、たかが鍛冶師が」 役人の一人が、嘲笑う。
その言葉は、最後まで続かなかった。 矢が、風を切り、役人の喉を貫いた。 悲鳴。
「山賊だ!」
茂みから、十数人の男たちが躍り出た。 彼らは、山賊のなりをしていたが、 その動きは、訓練された兵士のものだった。 狙いは、明らかに日向子の輿だった。
役人たちは、慌てふためき、逃げ惑う。 新は、動かない。 彼は、ゆっくりと、 輿の前に立ちはだかった。
そして、 静かに、剣を抜いた。
「日向子様、輿から出てはいけません」
声は、先ほどと変わらず、低い。 だが、その目には、 炉(ろ)の中で燃え盛る炎のような、 激しい光が宿っていた。
日向子は、輿の中で、 息を殺していた。 恐ろしさで、体が震える。 木の簪を、強く握りしめる。
新が、動いた。 彼は、獣のように低い姿勢で地を蹴った。 最初の一人が、 自分が斬られたことに気づく前に、 崩れ落ちた。
新の剣は、踊らなかった。 ただ、最短距離で、 的確に、 命を奪うためだけに、振るわれた。
それは、鍛冶師の剣ではなかった。 戦場を知る者の、 殺すための、剣だった。
血が舞い、 肉の断ち切られる音が、 日向子の耳にまで届く。
彼女は、恐怖で目を閉じた。 しかし、 その恐怖の中に、 一つの不思議な感覚が混じっていた。
守られている、という感覚。
最後の一人が、新に向かって切りかかる。 新は、それを避けず、 一歩踏み込み、 相手の懐に、自分の体を叩きつけた。 剣が、男の背中を貫通する。
返り血を浴びた新は、 まるで、 何もなかったかのように、 静かに剣を納めた。
あたりには、死体だけが残っていた。 彼は、輿に近づく。 日…
日向子は、輿の戸を、 震える手で、 わずかに開けた。
新は、血に濡れた顔を、 袖で無造作に拭った。 そして、輿に向かって、 低く、 短く、 報告した。
「終わりました。危険はありません」
その声には、 人を殺めた高揚も、 恐怖も、 何も感じられなかった。 まるで、 仕事を終えた職人のように、 淡々としていた。
日向子は、息を飲んだ。 この男は、 一体、何者なのか。 ただの鍛冶師が、 なぜ、これほどの剣を振るうのか。 そしてなぜ、 自分を守るのか。
答えのない問いが、 彼女の胸を、 重くした。
生き残った役人たちは、 恐怖に顔を引きつらせながら、 慌ただしく死体を片付け始めた。 彼らはもう、 新を「たかが鍛冶師」と 見下す者はいなかった。 ただ、 遠巻きに、 恐れと、 わずかな敵意を込めて、 彼を見ていた。
新は、彼らを手伝うでもなく、 ただ、 輿のそばに、 再び、 音もなく立った。 彼の背中が、 先ほどよりも、 ずっと大きく、 そして、 孤独に見えた。
都、平安京。 朱塗りの巨大な門が、 一行を飲み込んだ。
日向子が生まれ育った里とは、 何もかもが違っていた。 整然と区切られた道。 空を覆うほどの、 屋根、屋根、屋根。 行き交う人々が着る、 色とりどりの絹。
彼女は、 自分が、 場違いな、 汚れた石ころであるかのように感じた。
輿は、 都の中でも、 ひときわ壮麗な屋敷の前で止まった。 明智(あけち)家の屋敷。 今回の婚姻を主導する、 明智頼兼(よりかね)の住まいだった。
日向子は、 まるで、 人形のように、 輿から降ろされた。
冷たい、 磨き上げられた床。 どこまでも続く、 暗く、 美しい廊下。 すれ違う女官たちの、 値踏みするような、 冷たい視線。
彼女は、 自分が、 生きた人間ではなく、 貢物として運ばれてきた、 品物なのだと、 痛感した。
一番奥の、 広大な座敷。 そこに、 男が一人、 座っていた。
明智頼兼。 年の頃は四十ほど。 顔には、 穏やかな笑みさえ浮かべている。 しかし、 その目は、 まるで、 氷のように、 何の感情も映していなかった。
「長旅、ご苦労であった、日向子様」
声は、 絹のように滑らかだった。 だが、 その響きには、 逆らうことを許さない、 絶対的な権力がこもっていた。
「あなたが、 一族の未来を背負う、 大切な駒… いや、 大切な姫君です」
彼は、 わざとらしく、 言葉を訂正した。
日向子は、 深く、 深く、 頭を下げた。 床に、 額がつくほどに。 恐怖で、 声が出なかった。
頼兼の視線が、 日向子の背後に立つ、 新に向けられた。
「そなたが、 護衛の鍛冶師か」
新は、 血の乾いた着物のまま、 無言で、 頼兼を見据えていた。 その目には、 恐れも、 へつらいもなかった。
「山賊が出たとの報告。 …まあ、 仕事は、 果たしたようだな」
頼兼は、 面白そうに、 目を細めた。 まるで、 珍しい獣でも見るように。
「褒美をやろう。 だが、 鍛冶師の役目は、 ここまでだ。 ここは、 そなたのような者が、 いてよい場所ではない。 下がり、 都から去るがよい」
冷たい、 追放の宣告。
その時、 日向子が、 か細い、 しかし、 はっきりとした声で、 言った。
「お待ちください」
彼女は、 顔を上げていた。 恐怖で青ざめてはいたが、 その目は、 まっすぐに、 頼兼を見ていた。
「新殿は、 …新は、 わたくしの命の恩人です」
空気が、 凍りついた。 新自身も、 驚いたように、 わずかに、 目を見開いた。
頼兼の、 穏やかだった笑みが、 すっと、 消えた。
「ほう」
彼は、 低い声で、 つぶやいた。
「命の恩人、か。 …面白い。 ならば、 その恩に報いねば、 都の礼儀が廃(すた)るというもの」
頼兼は、 再び、 あの、 氷のような笑みを浮かべた。
「よかろう。 命を救った褒美として、 命は、 助けておいてやろう。 …ただし」
彼は、 言葉を切った。
「その男、 新とやらは、 本日より、 この屋敷の、 雑役係(ぞうやくがかり)とする」
「…え?」
日向子の声が、 震えた。
「剣を振るうしか能のない男に、 これ以上、 何をさせろと? 庭の掃除でもさせておけば、 無駄飯食らいには、 なるまい」
それは、 褒美ではなかった。 それは、 武功を立てた男に対する、 最大の、 侮辱だった。 護衛から、 召使いへの、 転落。
新の、 固く握られた拳が、 白くなっていた。
「日向子様」 頼兼は、 優しく、 彼女に語りかけた。 「あなたは、 もう、 里の娘ではない。 すぐに、 皇子、 信輝(のぶてる)様の、 妃となられるお方。 田舎じみた、 感傷は、 お捨てなさい」
彼は、 日向子から新を、 引き剥がすように、 そう仕向けたのだ。
「さあ、 これからは、 立派な女官たちが、 あなたのお世話をします。 その、 みすぼらしい簪(かんざし)も、 もう、 必要ありますまい」
女官たちが、 日向子を取り囲み、 彼女の髪から、 あの、 素朴な木の簪を、 抜き取ろうとした。
「…っ!」
日向子は、 反射的に、 その手を、 強く、 払い除けていた。
簪を、 胸に、 強く、 抱きしめる。 母の、 形見。 そして、 新が命がけで守ってくれた、 自分自身の、 最後の、 証。
「…これだけは」
彼女は、 絞り出すように言った。 「これだけは、 お許しください」
頼兼は、 一瞬、 不快そうに眉をひそめたが、 すぐに、 いつもの笑みに戻った。
「…よろしい。 小さな、 わがままは、 許して差し上げましょう。 だが、 次はありませんぞ」
新は、 女官たちに、 乱暴に、 座敷から引きずり出されていった。 彼は、 一度も、 抵抗しなかった。 ただ、 最後に、 日向子を一瞥した。
その目は、 何も語らなかった。 だが、 日向子には、 わかった。
彼は、 去らない。 侮辱されても、 彼は、 この屋敷に、 留まることを、 選んだのだ。 自分の、 ために。
その夜。 日向子は、 これまでに見たこともないような、 重く、 豪華な絹の衣(きぬ)を着せられた。 息が、 詰まりそうだった。
彼女は、 婚約者である、 信輝皇子に、 引き合わされた。
信輝は、 整った顔立ちの、 優雅な青年だった。 しかし、 その目は、 日向子を、 見てはいなかった。 彼は、 まるで、 高価な、 茶碗でも鑑定するように、 彼女を、 上から下まで、 眺めた。
「うむ。 悪くはない。 血筋は、 確かだからな。 明智殿、 よき、 手駒を、 見つけられた」
彼は、 日向子に、 一言も、 話しかけなかった。 ただ、 頼兼と、 政治の、 小難しい話をしている。
日向子は、 息苦しさに耐えながら、 ただ、 そこに、 座らされていた。
宴が、 終わった。 日向子は、 解放され、 自分に与えられた、 寒い部屋に戻った。
窓から、 中庭が見えた。 そこには、 一本の、 巨大な、 桜の木が、 植えられていた。 まだ、 固い蕾(つぼみ)を、 つけたまま、 春を待っている。
日向子は、 その木に、 自分を、 重ねていた。 咲くことを、 許されない、 蕾。
その時。 彼女は、 見た。
庭の、 暗い、 片隅で。 月明かりに照らされて、 黙々と、 落ち葉を掃いている、 背の高い、 人影。
新だった。
彼は、 本当に、 雑役係として、 そこにいた。
日向子は、 窓辺に、 駆け寄った。
新が、 ふと、 顔を上げた。 暗くて、 表情までは、 わからない。 だが、 二人の視線は、 確かに、 冷たい夜気の中で、 交わった。
彼は、 頭を下げなかった。 ただ、 じっと、 日向子を、 見つめていた。
日向子は、 胸に、 熱いものが、 こみ上げてくるのを、 感じた。 彼女は、 そっと、 自分の髪に、 あの、 木の簪を、 挿し直した。
ここは、 冷たい、 牢獄だ。 信輝も、 頼兼も、 自分を、 道具としか見ていない。
だが、 あの男が、 いる。 あの男だけが、 自分を、 守ろうとしている。
日向子は、 簪を、 強く、 握った。 彼女の、 戦いが、 始まった。
明智の屋敷での、 日向子の生活が、 始まった。
それは、 美しい、 鳥かごの中の、 日々だった。
朝から晩まで、 彼女の時間は、 決められていた。 書。 琴。 香(こう)の、 嗅ぎ分け。 そして、 妃として、 いかに、 信輝皇子の、 影で、 微笑み続けるかという、 礼儀作法。
教えに来る女官たちは、 皆、 頼兼の、 息がかかっていた。 彼女たちは、 日向子に、 知識を、 教えるのではない。 彼女から、 個性を、 奪っていた。
「姫、 笑みは、 深く、 しかし、 歯を見せては、 なりませぬ」
「姫、 お答えは、 『はい』か、 『いいえ』。 それ以外は、 お慎みあそばせ」
日向子は、 抵抗しなかった。 ただ、 されるがままに、 生きた、 人形に、 なっていく。 それが、 自分の、 役目だと、 言い聞かせて。
他の女官たちは、 彼女に、 嫉妬と、 侮蔑の、 視線を、 隠そうともしなかった。 田舎から来た、 幸運な、 だけの、 娘。 彼女たちの目には、 そう、 映っていた。
日向子は、 孤独だった。 この、 広大で、 冷たい屋敷の中で、 彼女が、 唯一、 安らぎを、 覚える、 瞬間があった。
それは、 部屋の窓から、 中庭を、 眺める時だった。
そこには、 いつも、 新の、 姿があったからだ。
彼は、 本当に、 雑役係として、 働か されていた。 朝は、 暗いうちから、 落ち葉を掃き、 昼は、 重い、 水桶を運び、 午後は、 薪を割る。
彼は、 誰とも、 口をきかなかった。 他の使用人たちも、 あの、 山賊騒ぎの、 噂を聞いて、 彼を、 不気味がり、 遠巻きにしていた。
彼は、 いつも、 一人だった。 黙々と、 手を、 動かし続ける。
日向子が、 窓辺に立つと、 彼が、 ふと、 顔を上げることがあった。 遠く、 離れている。 言葉は、 交わせない。
ただ、 二人の視線が、 静かに、 交差する。 それだけだった。
新は、 すぐに、 目を伏せ、 仕事に戻る。 日向子も、 女官に見つからないよう、 すぐに、 窓から、 離れる。
だが、 その、 一瞬の、 視線の、 交わりだけが、 日向子に、 「自分は、 まだ、 人間だ」と、 思い出させてくれる、 唯一の、 証だった。
春が、 近づいていた。 中庭の、 あの、 大きな桜の木が、 固い蕾を、 少しずつ、 ほころばせ始めていた。 空気は、 まだ、 冷たいが、 日差しは、 柔らかい。
ある、 風の、 強い、 午後だった。 日向子が、 女官たちと、 廊下を、 歩いていた。
「まあ、 信輝皇子が、 今度の、 歌会で、 どのような、 お歌を…」
女官たちが、 わざとらしく、 日向子に、 聞こえるように、 噂話をしている。
日向子は、 うつむいて、 歩いていた。 その時、 強い風が、 廊下に、 吹き込んだ。
「あっ…」
風は、 日向子の髪を、 乱し、 彼女が、 いつも、 挿している、 あの、 木の簪(かんざし)を、 さらっていった。
簪は、 宙を舞い、 カラリ、 と、 乾いた音を立てて、 庭の、 土と、 泥の中に、 落ちた。 母の、 形見が、 汚れていく。
「まあ、 お汚い」 「あんな、 木の、 切れ端を…」
女官たちの、 嘲笑う、 声が、 響いた。
日向子は、 血が、 逆流するような、 屈辱を、 感じた。 彼女は、 着物の、 裾が、 汚れるのも、 構わず、 庭に、 降りようとした。
その、 瞬間だった。
ずっと、 そこで、 庭の手入れをしていた、 新が、 動いた。
彼は、 まるで、 風のように、 素早く、 数歩、 歩み寄り、 泥の中の、 簪を、 拾い上げた。
彼は、 その場で、 膝をついた。 そして、 自分の、 着ている、 粗末な、 袖で、 簪についた、 泥を、 丁寧に、 丁寧に、 拭き取った。
その所作は、 まるで、 神聖な、 儀式でも、 行うかのように、 静かで、 厳かだった。
彼は、 立ち上がらない。 膝をついたまま、 日向子に、 顔を、 向けることもなく、 両手で、 簪を、 高く、 捧げ持った。
女官たちの、 笑い声が、 止まっていた。 誰もが、 この、 異様な、 光景に、 息を、 飲んでいた。
日向子は、 震える足で、 新の、 前に、 進み出た。 彼の、 前に、 立った。
彼の、 差し出す、 手は、 鍛冶師の、 火傷(やけど)の、 痕と、 雑役の、 あかぎれで、 荒れ放題だった。 しかし、 その手に、 乗せられた、 簪は、 泥ひとつなく、 清められていた。
日向子は、 そっと、 簪を、 受け取った。 彼女の、 指が、 彼の、 荒れた、 指先に、 触れた。
熱かった。 彼の、 肌は、 まるで、 火の、 ように、 熱かった。
「…ありがとう」
日向子は、 かろうじて、 そう、 ささやいた。 それは、 この屋敷に来て、 彼に、 直接、 かけた、 初めての、 言葉だった。
新は、 答えなかった。 ただ、 捧げ持った、 手の、 形を、 崩さず、 深く、 深く、 頭(こうべ)を、 垂れていた。
「…いつまで、 そうしている、 無礼者!」
女官の一人が、 我に返り、 甲高い、 声を上げた。 「姫様が、 お受け取りに、 なったのだ。 さっさと、 下がれ!」
新は、 静かに、 立ち上がり、 一礼すると、 音もなく、 元の、 仕事場へと、 戻っていった。
その夜。 日向子は、 眠れなかった。 手の中の、 簪を、 握りしめる。 彼の、 指の、 熱が、 まだ、 残っているようだった。
なぜ、 あんな、 侮辱に、 耐えてまで、 彼は、 ここに、 いるのか。 ただ、 「命の恩人」と、 自分が、 言ったからか。
いや、 違う。 彼の、 あの、 目は、 もっと、 深い、 何かを、 宿していた。
日向子は、 記憶の、 糸を、 たぐり寄せた。 自分は、 彼を、 知っている。 いつ? どこで?
…そうだ。 海辺の、 里。 都に、 追いやられる、 ずっと、 昔。 まだ、 自分が、 ただの、 少女だった頃。
里の、 祭り。 賑わう、 人混み。 自分は、 母に、 買ってもらった、 小さな、 おにぎりを、 持っていた。
その時、 騒ぎが、 起こった。 「泥棒!」 「捕まえろ!」
一人の、 痩せた、 少年が、 捕まっていた。 自分と、 同じくらいの、 年頃。 しかし、 その目は、 飢えた、 獣のように、 鋭く、 荒々しかった。 彼は、 店の、 食べ物を、 盗もうとしたのだ。
村の男たちが、 彼を、 棒で、 打とうと、 した。 「見せしめだ!」
その時、 自分は、 何を、 思ったのか。 気づいたら、 走り出していた。
少年の、 前に、 立ち、 両手を、 広げて、 彼を、 かばっていた。
「…この子、 お腹が、 空いてるだけ!」
そして、 自分 の、 おにぎりを、 彼の、 前に、 差し出した。 「…これ、 あげる」
少年は、 信じられない、 という、 目で、 自分を、 見た。 獣のようだった、 目が、 初めて、 人間の、 目に、 なった。
彼は、 ひったくるように、 おにぎりを、 奪い、 そして、 闇の中に、 消えていった。 一度も、 振り返らずに。
…あの、 少年。 あの、 獣の、 ような、 目。
日向子は、 息を、 飲んだ。 あの、 鋭い、 眼差し。 それは、 山賊を、 斬り捨てた、 新の、 目と、 同じだった。
まさか。
次の日。 日向子は、 女官の、 目を、 盗んだ。 ほんの、 一瞬の、 隙だった。 彼女は、 中庭に、 続く、 縁側へと、 小走りに、 向かった。
新が、 いた。 薪を、 割っている。 斧を、 振り下ろす、 背中が、 見える。
「…あの」
日向子は、 声を、 かけた。 自分でも、 驚くほど、 声が、 震えていた。
新の、 動きが、 止まった。 斧を、 持ったまま、 彼は、 凍りついた。
「…もしや」 日向子は、 続けた。 「あなたは… 昔、 海辺の、 里の、 祭りで…」
新が、 ゆっくりと、 振り返った。
その、 目。 間違いない。 あの時の、 少年の、 目だった。
彼は、 斧を、 静かに、 地面に、 置いた。 そして、 日向子を、 まっすぐに、 見据えた。 その目には、 あの日の、 荒々しさと、 そして、 長い、 年月を、 経た、 深い、 覚悟が、 宿っていた。
「…あの時の」 新の、 声は、 低く、 かすれていた。 「…おにぎりの、 ご恩は、 一日たりとも、 忘れたことは、 ありません」
日向子の、 胸が、 張り裂けそうだった。 彼だった。 彼は、 あの時の、 少年だった。 自分を、 守るために、 鍛冶師として、 剣を、 学び、 そして、 今、 雑役係の、 屈辱に、 耐えて、 ここに、 いる。 全ては、 あの、 小さな、 一つの、 おにぎりの、 恩を、 返すために。
「…なぜ」 日向子の、 目から、 涙が、 こぼれた。 「なぜ、 …そこまで」
「あの日」 新は、 静かに、 言った。 「あなたは、 俺の、 命を、 救ってくださった。 この、 命は、 …あなたの、 ものです」
二人は、 見つめ合っていた。 姫君と、 召使い。 身分は、 天と地ほど、 離れている。 だが、 二人を、 結ぶ、 絆は、 この、 屋敷の、 誰よりも、 強かった。
その時だった。 茂みが、 ガサリ、 と、 揺れた。
「…!」
新が、 鋭く、 そちらを、 見た。 一人の、 女官が、 顔を、 青ざめさせ、 口を、 押さえて、 立っていた。 二人の、 会話を、 …聞いていたのだ。
女官は、 悲鳴を、 上げそうになり、 慌てて、 踵(きびす)を、 返し、 頼兼の、 部屋の、 方へと、 駆けていった。
「…しまった」
新が、 低く、 うめいた。
日向子は、 全身の、 血が、 引いていくのを、 感じた。 知られては、 ならなかった。 この、 屋敷で、 最も、 知られては、 ならない、 秘密が。
頼兼は、 この、 絆を、 許さない。 彼は、 新を、 「感傷」を、 生む、 道具として、 絶対に、 生かしては、 おかないだろう。
日向子は、 震える手で、 自分の、 口を、 押さえた。 新の、 顔に、 初めて、 焦りの、 色が、 浮かんでいた。
冷たい、 風が、 吹き抜け、 桜の、 蕾が、 不安そうに、 揺れていた。
第一幕 完
冷たい、 汗が、 日向子の、 背中を、 伝った。
駆けていく、 女官の、 後ろ姿が、 日向子の、 運命の、 終わりを、 告げているようだった。
「…日向子様」 新が、 低い、 声で、 言った。 その声には、 初めて、 焦りとは、 違う、 …絶望に近い、 響きが、 あった。 「…お逃げください。 ここから」
「逃げる? どこへ」 日向子は、 力なく、 首を、 振った。 「この、 都から、 …あなたの、 恩から、 逃げられる場所など、 どこにも、 ない」
彼女は、 分かっていた。 もう、 遅いのだ。
その夜は、 恐ろしく、 静かだった。 嵐の前の、 静けさ。 日向子は、 一睡も、 できなかった。 木の簪を、 握りしめ、 ただ、 闇を、 見つめていた。
いつ、 頼兼の、 兵が、 来て、 新を、 連れ去るのか。 いつ、 自分の、 すべてが、 終わるのか。
だが、 何も、 起こらなかった。 朝が、 来た。 いつもと、 同じ、 冷たい、 朝が。
女官たちが、 日向子を、 起こしに、 来た。 昨日、 二人の、 会話を、 聞いた、 あの、 女官の、 姿も、 あった。
彼女は、 …何も、 言わなかった。 ただ、 他の、 女官たちよりも、 ほんの、 わずかに、 日向子を、 見下す、 笑みを、 浮かべている、 だけだった。
日向子は、 不安に、 胸を、 締め付けられながら、 中庭を、 見た。
…新が、 いない。
いつもなら、 朝早くから、 落ち葉を、 掃いている、 あの、 背中が、 どこにも、 なかった。
「…新は」 日向子は、 思わず、 そばにいた、 女官に、 尋ねていた。 「雑役係の、 男は、 どうした」
女官は、 鼻で、 笑った。 「ああ、 あの、 鍛冶師くずれ、 ですか? さあ、 …昨夜、 倉の、 米を、 盗もうとした、 とかで、 捕まった、 そうですよ」
「…え?」 日向子の、 頭が、 真っ白に、 なった。
「不届きな、 男ですこと。 姫様の、 お屋敷で、 …命を、 助けていただいた、 恩も、 忘れて」 女官は、 わざとらしく、 ため息を、 ついた。
嘘だ。 日向子は、 叫びたかった。 あの、 新が、 盗みなど、 するはずがない。 それは、 …罠だ。 自分たちを、 陥れるための、 頼兼の、 冷たい、 罠だ。
「…どこに」 日向子は、 震える、 声で、 聞いた。 「彼は、 今、 どこに、 いるのです」
「さあ。 屋敷の、 奥にある、 土牢(つちろう)にでも、 入れられた、 のでは? …まあ、 姫様が、 ご心配なさるような、 ことでは、 ございません」
女官は、 くすくす、 笑いながら、 日向子の、 髪を、 梳(す)き始めた。 その、 櫛(くし)の、 動きが、 ひどく、 暴力的だった。
日向子は、 その日、 一日、 何も、 手につかなかった。 琴の、 弦は、 震え、 筆は、 墨を、 こぼした。
彼女は、 わかった。 頼兼は、 新を、 殺さなかった。 それは、 慈悲では、 ない。 もっと、 残酷な、 やり方だった。
新は、 人質に、 取られたのだ。 日向子を、 縛り付けるための、 …鎖として。
夕方。 日向子は、 頼兼の、 前に、 引き出された。 彼は、 いつものように、 穏やかな、 笑みを、 浮かべていた。 まるで、 慈悲深い、 父の、 ように。
「日向子様。 …困った、 ものが、 見つかりました」
彼は、 文(ふみ)を、 一通、 取り出した。 日向子には、 見覚えが、 なかった。
「例の、 鍛冶師… 新、 と、 言いましたかな。 彼の、 荷物から、 これが。 …どうやら、 彼は、 信輝皇子に、 敵対する、 一派と、 通じていた、 ようです」
「…!」 日向子は、 息を、 飲んだ。 米泥棒、 どころの、 騒ぎではない。 それは、 謀反(むほん)の、 疑い。 一族、 皆殺しに、 なっても、 おかしくない、 重罪だった。
「…嘘です」 日向子は、 絞り出した。 「彼は、 そのような、 人では…」
「ほう」 頼兼の、 目が、 細められた。 氷の、 目が、 日向子を、 射抜いた。 「あなたは、 彼の、 何を、 ご存知だと? …海辺の、 里での、 …『おにぎり』の、 ご恩、 ですか?」
日向子は、 …絶句した。 彼は、 すべて、 知っている。 あの、 女官は、 すべてを、 報告したのだ。
頼兼は、 立ち上がり、 ゆっくりと、 日向子に、 近づいた。 彼は、 日向子の、 顔の、 すぐ、 そばで、 ささやいた。 絹のような、 冷たい、 声で。
「…感傷は、 毒ですぞ、 姫。 あなたの、 その、 小さな、 感傷が、 …あの男の、 命を、 奪う」
「…やめて」 日向子は、 後ずさった。
「私が、 この、 文を、 表に、 出せば、 …あの男は、 明日、 都の、 広場で、 …首を、 晒(さら)すことに、 なりましょう。 …まあ、 鍛冶師の、 一人や、 二人、 どうなろうと、 あなたの、 婚礼には、 …何ら、 差し支えは、 ない」
彼は、 日向子の、 心を、 読んでいる。 彼女の、 一番、 弱い、 ところを、 正確に、 突き、 えぐってくる。
「…どう、 すれば」 日向子の、 目から、 涙が、 こぼれた。 「どうすれば、 …彼を、 助けて、 いただけますか」
頼兼の、 顔に、 満足そうな、 笑みが、 広がった。 彼は、 日向子の、 涙を、 指で、 優しく、 拭った。 その、 指の、 冷たさに、 日向子は、 身を、 震わせた。
「…簡単な、 ことです」 彼は、 言った。 「あなたは、 …人形に、 なれば、 よい。 …私の、 言う通りに、 動く、 …完璧な、 美しい、 人形に」
「…」
「あの男は、 生かしておきましょう。 …土牢は、 さすがに、 可哀想だ。 屋敷の、 一番、 奥にある、 …物置小屋に、 閉じ込めて、 おきます。 …食事も、 水も、 …あなたの、 働き、 次第で、 …与えて、 やっても、 よい」
それは、 もはや、 脅迫ではなかった。 それは、 支配の、 宣告だった。 新の、 命は、 日向子の、 態度、 一つに、 かかっている。
「あなたは、 信輝皇子の、 妃。 …くだらない、 鍛冶師のことなど、 …忘れるのです。 あなたの、 心から、 …あの男の、 存在を、 …消しなさい」
「もし、 …ほんの、 わずかでも、 …あの男への、 情けを、 見せたり、 …婚礼を、 ためらう、 そぶりを、 見せたら」
頼兼は、 あの、 偽りの、 文を、 …日向子の、 目の前で、 …燃え盛る、 燭台(しょくだい)の、 炎に、 かざした。
「…どうなるか、 お分かり、 ですね?」
日向子は、 唇を、 強く、 噛みしめた。 血の、 味が、 した。 彼女は、 ゆっくりと、 …しかし、 深く、 …頷いた。
「…かしこまり、 …ました」
その、 一言を、 口に、 した、 瞬間。 日向子の、 中で、 何かが、 音を、 立てて、 死んだ。
その夜。 日向子は、 信輝皇子との、 …歌会に、 出席した。 彼女は、 着飾られ、 …美しく、 微笑んでいた。 頼兼が、 望んだ、 …完璧な、 人形として。
信輝が、 退屈そうに、 歌を、 詠む。 「春の、 夜の、 …桜は、 いまだ、 咲かぬとも、 …その、 香りは、 …」
日向子は、 ただ、 微笑んでいた。 心の、 ない、 笑みで。
窓の、 外。 中庭の、 あの、 桜の、 木が、 一輪、 また、 一輪と、 花を、 咲かせ始めていた。 冷たい、 夜の、 空気の中で、 その、 白さが、 痛々しいほど、 美しかった。
日向子は、 その、 桜を、 見つめていた。 遠く、 遠く、 新が、 閉じ込められている、 暗い、 物置小屋の、 屋根を、 探すように。
桜の、 花びらが、 まるで、 涙の、 ように、 見えた。
日向子の、 「人形」としての、 日々が、 続いた。
彼女は、 完璧だった。 朝、 目覚める、 時刻。 衣を、 まとう、 所作。 信輝皇子の、 前での、 微笑みの、 角度。 すべてが、 頼兼の、 望む、 通りだった。
「見事です、 日向子様」 頼兼は、 満足そうに、 言った。 「あなたこそ、 この、 都の、 春を、 飾るに、 ふさわしい」
彼女は、 ただ、 深く、 頭を、 下げた。 心は、 鉛のように、 重く、 冷たい。
彼女は、 もう、 中庭を、 見なかった。 あの、 桜の、 木が、 ある、 窓辺に、 近づくことさえ、 しなかった。 見るのが、 怖かったのだ。 かつて、 新が、 立っていた、 場所を。
彼女の、 髪は、 今や、 重い、 金銀の、 飾りで、 彩られていた。 信輝皇子から、 贈られた、 という、 名目の、 鎖。
あの、 素朴な、 木の簪は、 着物の、 一番、 奥、 誰の、 目にも、 触れない、 帯の、 内側に、 隠されていた。 まるで、 彼女の、 殺された、 心を、 埋葬する、 かのように。
彼女は、 新の、 安否を、 知る、 すべを、 持たなかった。 ただ、 自分の、 完璧な、 振る舞いだけが、 彼の、 命綱なのだと、 信じて、 耐える、 しかなかった。
ある時、 廊下を、 すれ違った、 女官たちの、 ささやきが、 耳に、 入った。
「あの、 物置小屋の、 男、 まだ、 生きておる、 らしいぞ」 「まあ。 しぶとい、 こと。 姫様が、 あれほど、 おとなしく、 なされた、 おかげで、 水くらいは、 もらえておる、 のかも、 しれぬが」
女官たちの、 残酷な、 笑い声。 日向子は、 その場で、 崩れ落ちそうになるのを、 必死で、 こらえた。 爪が、 掌(てのひら)に、 食い込み、 血が、 にじんだ。
水、 だけ。 彼は、 飢えている。 自分の、 せいで。 自分が、 おとなしく、 している、 「ご褒美」として、 彼は、 かろうじて、 生かされて、 いる。
これ以上、 完璧で、 なければ。 これ以上、 人形と、 して、 価値を、 示さなければ。 彼は、 水さえ、 与えられ、 なくなる。
その、 恐怖が、 日向子を、 さらに、 無表情な、 人形へと、 変えていった。
婚約者である、 信輝皇子は、 そんな、 日向子を、 面白そうに、 眺めていた。
彼は、 冷たい、 美貌の、 持ち主だった。 政治的な、 野心以外、 何にも、 興味を、 示さない、 男。
「お前は、 良い」 ある日、 彼は、 日向子に、 初めて、 直接、 言った。 「美しい、 置物だ。 決して、 わめいたり、 求めたり、 しない。 父上も、 明智も、 良い、 道具を、 見つけた、 ものよ」
彼は、 日向子の、 あごを、 扇で、 軽く、 叩いた。 人間を、 扱う、 手つきでは、 なかった。
日向子は、 微笑んだ。 完璧な、 人形の、 笑みで。
その頃、 都は、 春の、 真っ盛りだった。 中庭の、 あの、 一本桜が、 まるで、 狂ったように、 咲き乱れていた。
満開だった。
屋敷中が、 浮かれた、 空気に、 包まれる。 花見の、 宴の、 準備が、 進められていた。
日向子の、 部屋にも、 桜の、 香りが、 風に、 乗って、 届いた。 それは、 甘く、 息苦しい、 香りだった。
彼女は、 耐えられなかった。 あの、 桜の、 下で、 新は、 自分を、 守ってくれた。 あの、 桜は、 二人の、 絆の、 証だった、 はずだ。 それなのに、 今、 自分は、 彼を、 見殺しに、 している。
日向子は、 決意した。 一目、 だけで、 いい。 彼が、 本当に、 生きているのか、 確かめなければ。 でなければ、 自分は、 壊れてしまう。
彼女は、 生まれて、 初めて、 「わがまま」を、 口にした。 頼兼が、 許した、 「小さな、 わがまま」ではなく、 本当の、 わがままを。
「桜が、 見たい、 のです」 彼女は、 世話役の、 女官長に、 か細い、 声で、 言った。
「まあ、 姫様。 宴は、 明日です。 今夜は、 お寒う、 ございます」
「いいえ」 日向子は、 首を、 振った。 「今、 見たいのです。 屋敷の、 裏の、 静かな、 桜が」
屋敷の、 裏。 そこには、 物置小屋が、 ある、 はずだった。
女官長は、 一瞬、 ためらった。 だが、 完璧な、 人形で、 あった、 姫の、 初めての、 「望み」。 断れば、 機嫌を、 損ねる、 やもしれぬ。 それは、 頼兼公の、 耳に、 入る、 やもしれぬ。
女官長は、 判断した。 「では、 ほんの、 ひととき、 で、 ございますよ」
日向子の、 胸が、 高鳴った。 許された。
重い、 絹の、 衣を、 引きずり、 彼女は、 中庭に、 出た。 夜だった。 月明かりが、 満開の、 桜を、 青白く、 照らし出していた。 それは、 恐ろしい、 ほど、 美しかった。
花びらが、 はらはら、 と、 舞い散る。 まるで、 白い、 雪の、 ようだった。
彼女は、 足早に、 屋敷の、 奥へ、 奥へと、 進んだ。 女官長が、 慌てて、 後を、 追う。
あった。 一番、 奥。 桜の、 木の、 太い、 幹の、 陰に、 隠れるように、 古い、 物置小屋が、 あった。
新は、 あの中に、 いる。
日向子は、 駆け寄ろう、 とした。 その、 瞬間。
「姫様」
暗闇から、 ぬっ、 と、 人影が、 現れた。 明智頼兼、 だった。
彼は、 なぜ、 こんな、 場所に。 まるで、 すべてを、 予期して、 いたかの、 ように。
彼は、 いつもの、 穏やかな、 笑みを、 浮かべていた。 だが、 その、 目は、 笑って、 いなかった。
「このような、 汚い、 場所へ、 何用で、 ございますかな?」
声は、 絹のように、 滑らかで、 しかし、 刃物のように、 冷たかった。
「桜が、 」 日向子は、 震える、 声で、 言った。 「桜が、 美しかった、 ものですから」
「ほう。 桜、 ですか」 頼兼は、 物置小屋の、 暗い、 戸を、 一瞥した。
「ここの、 桜は、 肥料が、 良い、 と、 みえますな」
彼は、 独り言の、 ように、 つぶやいた。 その、 意味が、 わからず、 日向子は、 ただ、 立ち尽くす。
「それとも」 頼兼は、日向子に、 顔を、 近づけた。 月明かりが、 彼の、 顔を、 半分だけ、 照らす。 「『感傷』が、 また、お心を、 騒がせ、ましたかな?」
「っ!」 日向子は、 息を、 飲んだ。
「政治の、 風が、荒れて、おります」 彼は、空を、 見上げた。花びらが、 彼の、 肩に、落ちる。 「ほんの、 小さな、火の粉、一つで、 すべてが、灰に、なる。この、 .屋敷も、.あなたも、 そして」
彼は、 物置小屋の、 戸を、 指差した。 「中に、 いる、 ネズミ』も、 ですかな」
日向子は、全身から、力が、 抜けていくのを、 感じた。完敗だった。 自分は、 彼の、手の、 ひらの、 上で、 踊らされて、 .いた、 だけだった。
「お部屋に、 お戻り、なさいませ」 頼兼の、声が、 夢の、 ように、 遠く、聞こえる。 「明日は、大事な、花見の、 宴。皇子も、 お待ちかね、ですぞ」
日向子は、なすすべもなく、 踵(きびす)を、返した。 一歩、 また、.一歩と、 自分の、部屋に、戻っていく。散りゆく、.桜の、花びらを、踏みしめながら。
彼女の、 帯の、 内側で、 .あの、 木の、 簪が、 冷たく、固く、.彼女の、 肌を、刺して、いた。
そして、 運命の、 花見の、 宴が、 開かれた。
中庭の、 あの一本桜は、 この世の、 ものとは、 思えぬほど、 咲き誇っていた。 月光を、 浴びて、 白く、 青白く、 光る、 花の、 雲。
その、 桜の、 下、 貴族たちが、 集まっていた。 色とりどりの、 絹の、 衣。 彼らの、 笑い声は、 高いが、 中身は、 ない。 すべてが、 政治的な、 駆け引きと、 見せかけの、 優雅さ、 だった。
日向子は、 その、 中心に、 座らされていた。 信輝皇子の、 隣に。
彼女は、 息も、 できないほど、 豪華な、 十二単(じゅうにひとえ)を、 まとっていた。 髪には、 重い、 金銀の、 飾りが、 揺れている。 彼女は、 完璧な、 「皇子の、 婚約者」 だった。
ただ、 その、 顔は、 美しい、 能面の、 ように、 無表情だった。 目には、 何の、 光も、 宿っていない。 彼女は、 頼兼が、 望んだ、 完璧な、 「人形」 だった。
信輝皇子は、 退屈そうに、 扇を、 あおいでいた。 彼は、 目の前の、 美しい、 桜にも、 隣の、 美しい、 婚約者にも、 何の、 興味も、 ない、 ようだった。
「見事な、 桜ですな、 皇子」 明智頼兼が、 いつもの、 氷の、 笑みを、 浮かべて、 近づいた。
「ふん」 信輝は、 鼻を、 鳴らした。 「桜など、 毎年、 咲く。 見飽きたわ」
彼は、 ちらりと、 日向子を、 見た。 まるで、 値踏み、 するように。 「それより、 明智殿。 この、 『人形』は、 いつまで、 飾って、 おく、 つもりだ?」
空気が、 凍った。 貴族たちの、 ささやきが、 止まる。
日向子の、 体は、 動かなかった。 彼女は、 人形だからだ。
頼兼は、 少しも、 動じなかった。 「皇子。 これは、 『人形』 では、 ございません。 あなたの、 妃と、 なられる、 日向子様、 に、 ございます」
「知っておる」 信輝は、 不機嫌そうに、 言った。 「だが、 血筋の、 ため、 だけの、 道具、 であろう。 それに、 ずいぶんと、 『古傷』が、 ある、 ようではないか」
彼は、 立ち上がり、 日向子の、 前に、 立った。 そして、 持っていた、 扇で、 彼女の、 髪に、 触れた。 金銀の、 飾りの、 奥。 そこに、 隠されている、 はずの、 「何か」を、 探るように。
日向子の、 肩が、 わずかに、 震えた。
「皇子、 お戯(たわむ)れ、 を」 頼兼が、 一歩、 進み出ようと、 した。
「下がれ、 明智」 信輝の、 冷たい、 声が、 響く。 「これは、 俺の、 『持ち物』だ。 どう、 扱おうと、 俺の、 勝手だろう」
彼は、 扇の、 先で、 日向子の、 あごを、 くい、 と、 持ち上げた。 無理やり、 自分と、 目を、 合わせさせる。
「聞いているぞ」 彼は、 ささやいた。 周りの、 貴族たちにも、 聞こえる、 声で。 「この、 女、 都に、 来る、 前に、 里で、 鍛冶師、 ごときに、 『恩』が、 ある、 とか」
日向子の、 目が、 大きく、 見開かれた。 なぜ、 彼が、 それを。 頼兼が、 漏らした、 のか?
貴族たちの、 間に、 くすくす、 という、 嘲笑が、 広がった。 皇子の、 妃が、 鍛冶師と。 これ以上の、 醜聞(スキャンダル)は、 ない。
「皇子、 それは、 根も、 葉も、 ない、 噂」 頼兼が、 慌てて、 割って、 入った。 彼の、 完璧な、 顔にも、 焦りが、 見えた。 これは、 彼の、 筋書き、 には、 なかった、 ことだ。
「黙れ」 信輝は、 楽しんでいた。 この、 場の、 すべてを、 支配する、 感覚を。 「噂、 か。 では、 確かめて、 みよう。 なあ、 日向子」
彼は、 日向子の、 耳元で、 ささやrいた。 「お前の、 『恩人』 とやら、 まだ、 この、 屋敷に、 いる、 そうだな。 ネズミ、 のように、 物置小屋で、 飢えて、 いる、 と」
日向子の、 呼吸が、 止まった。 全身の、 血が、 引いていく。 彼は、 すべて、 知っている。
違う。 これは、 信輝の、 言葉では、 ない。 これは、 彼に、 これを、 教えた、 者が、 いる。 頼兼、 以外の、 皇子に、 近い、 誰かが。 頼兼の、 政敵が。
政治の、 罠。 自分は、 その、 罠の、 真ん中に、 引きずり、 出されたのだ。
「どうだ? 今、 ここで、 あの、 男を、 呼んで、 やろうか? お前の、 ために、 な」 信輝が、 残酷に、 笑った。
日向子は、 何も、 言えなかった。 「はい」 と、 言えば、 新は、 殺される。 「いいえ」 と、 言えば、 信輝の、 面子を、 潰し、 やはり、 新は、 殺される。
彼女は、 完全に、 詰んでいた。
その、 時だった。
「ぎゃああああっ!」
甲高い、 悲鳴が、 上がった。 宴の、 席では、 なく、 屋敷の、 一番、 奥、 物置小屋の、 方角から。
そして、 地を、 揺るがす、 ような、 雄叫び。
「うおおおおおっ!」
宴の、 空気が、 一変した。 何事か、 と、 貴族たちが、 立ち上がる。
「何者だ!」 護衛の、 武士たちが、 刀に、 手を、 かける。
暗闇から、 何かが、 飛び出して、 きた。 人だった。 いや、 もはや、 人の、 形を、 した、 獣。
髪は、 伸び放題で、 目は、 血走り、 ぼろ、 ぼろの、 布を、 まとった、 骸骨の、 ように、 痩せ細った、 男。
新だった。
彼は、 何日も、 ろくに、 食わず、 水も、 与えられず、 しかし、 日向子の、 危機を、 感じ取った、 のか、 最後の、 力を、 振り絞り、 戸を、 突き破って、 きたのだ。
彼は、 宴の、 豪華な、 光と、 人混みに、 一瞬、 怯んだ。 だが、 すぐに、 見つけた。 その、 血走った、 目が、 まっすぐに、 日向子を、 捉えた。
「ひな こ さま」
かすれた、 声。 それは、 もはや、 言葉では、 なかった。
「無礼者!」 武士たちが、 彼に、 斬りかかろうと、 した。
「待て」
冷たい、 声が、 響いた。 明智頼兼だった。 彼の、 顔から、 笑みは、 消えていた。 あるのは、 絶対的な、 支配者の、 怒り。 自分の、 完璧な、 管理下で、 「ネズミ」が、 逃げ出した、 ことへの、 怒り。
新は、 よろよろと、 日向子に、 向かって、 一歩、 踏み出した。 守ろうと、 した。 この、 飢えた、 獣は、 まだ、 彼女を、 守ろうと、 した。
「面白い」 信輝皇子が、 扇で、 口元を、 押さえ、 笑った。 最高の、 見世物、 だった。 「これか。 これが、 お前の、 『恩人』 か。 まるで、 犬、 だな」
日向子は、 動けなかった。 震えが、 止まらない。 やめて。 やめて。 来ないで。 私を、 見ないで。 あなたを、 殺させないで。
心の中で、 叫ぶが、 声には、 ならない。
新は、 もう、 一歩、 踏み出した。 その、 瞬間。
「そこまで、 です」 頼兼が、 静かに、 言った。 「これ以上、 姫様の、 神聖な、 宴を、 汚す、 ことは、 許しませぬ」
彼は、 武士たちに、 目配せした。
「その、 『獣』を、 捕らえよ。 皇子の、 御前を、 騒がせた、 大罪人だ。 明日の、 日の、 出、 と共に、 広場で、 斬首(ざんしゅ)に、 処せ」
冷たい、 判決。
「待っ」 日向子が、 か細い、 声を、 上げた。 だが、 声は、 続かなかった。
武士たちが、 新に、 飛びかかった。 もはや、 ろくに、 立つ、 力も、 ない、 新は、 簡単に、 取り押さえられ、 地面に、 叩きつけられた。 石畳に、 額が、 打ち付けられ、 血が、 流れる。
それでも、 彼は、 日向子を、 見ていた。 血と、 泥に、 まみれた、 顔で。 その、 目が、 言っていた。 『お逃げ、 ください』
その、 目を、 見た、 瞬間。
日向子の、 中で、 張り詰めていた、 最後の、 糸が、 ぷつり、 と、 切れた。
「あ ああ あああああああああああ!」
それは、 もはや、 人間の、 声では、 なかった。 魂、 そのものの、 絶叫。 完璧な、 人形の、 仮面が、 粉々に、 砕け散った。
彼女は、 信輝も、 頼兼も、 すべての、 貴族たちも、 忘れて、 叫んだ。 そして、 よろめきながら、 新の、 方へ、 手を、 伸ばそうと、 した。
それは、 最悪の、 答えだった。 彼女が、 新を、 かばう、 こと。 それは、 信輝の、 前で、 「自分は、 この、 獣と、 関係が、 ある」 と、 公言した、 も、 同然だった。
「!」 頼兼の、F 顔が、 怒りで、 歪んだ。 信輝の、 目が、 侮辱で、 細められた。
「ひな、 こ さま」 新が、 最後の、 力で、 うめいた。 『来るな』 と。
だが、 遅かった。 日向子の、 意識は、 目の前の、 絶望に、 耐えきれず、 ぷつり、 と、 途切れた。 彼女は、 重い、 十二単、 と共に、 桜の、 花びらが、 積もる、 地面に、 崩れ落ちた。
宴は、 血と、 狂乱と、 絶望の、 中で、 終わった。 月だけが、 変わらず、 狂い咲く、 桜を、 冷たく、 照らし続けていた。
宴は、 終わった。 いや、 無理やり、 終わらされた。
日向子は、 意識を、 失ったまま、 女官たちに、 引きずられる、 ように、 部屋に、 運ばれた。 新は、 血まみれの、 獣のように、 再び、 暗い、 物置小屋へと、 投げ込まれ、 今度は、 外から、 何人もの、 武士が、 槍を、 持って、 見張って、 いた。
貴族たちは、 恐ろしい、 ものを、 見た、 という、 顔で、 そそくさと、 屋敷を、 後に、 した。 「皇子の、 妃が、 狂乱」 「鍛冶師風情と、 醜聞」 という、 噂は、 この、 夜の、 闇よりも、 早く、 都を、 駆け巡る、 だろう。
明智頼兼の、 部屋には、 煌々(こうこう)と、 灯りが、 ともっていた。 彼は、 一人、 座っていた。 その、 氷の、 ような、 顔は、 今や、 怒りで、 燃え上がって、 いるかの、 ようだった。
すべてが、 台無しだ。 完璧な、 人形が、 壊れた。 それも、 最悪の、 形で。 皇子の、 前で、 恥を、 かかされた。 政敵に、 笑いものを、 提供して、 しまった。
「あの、 鍛冶師」 頼兼は、 低く、 うめいた。 「生かしておいた、 ことが、 間違い、 だった」
もはや、 生かしておく、 価値は、 ない。 日向子を、 縛る、 鎖、 どころか、 彼女を、 狂わせる、 毒だ。
「明日、 斬首。 いや、 それでは、 生ぬるい」
彼の、 目に、 冷たい、 光が、 宿った。 「見せしめに、 しなければ、 ならぬ」
日向子は、 冷たい、 床の、 上で、 目を、 覚ました。 どれくらい、 気を、 失っていたのか。 頭が、 割れるように、 痛い。
そして、 思い出す。 宴。 信輝の、 侮辱。 血まみれの、 新。 『斬首』 という、 頼兼の、 言葉。
自分の、 絶叫。
「あ」
すべて、 夢では、 なかった。
「新」
彼女は、 何という、 ことを、 してしまったのか。 彼を、 かばおうと、 した、 あの、 行動が、 彼を、 確実な、 死へと、 追いやった。
助けなければ。 今すぐ。
日向子は、 乱れた、 衣の、 まま、 立ち上がった。 部屋を、 飛び出そうと、 した。
だが、 戸は、 開かなかった。 外から、 固く、 閉ざされて、 いる。 彼女もまた、 「狂人」として、 幽閉されたのだ。
「開けて! 開けなさい!」
戸を、 叩く。 叩き、 続ける。 だが、 何の、 返事も、 ない。 まるで、 墓の、 中に、 いる、 ようだった。
その、 時だった。
都の、 空気が、 変わった。
遠くで、 人の、 叫び声が、 聞こえた。 一つでは、 ない。 いくつも、 いくつも。 そして、 金属が、 ぶつかり、 合う、 甲高い、 音。
屋敷の、 外が、 急に、 騒がしく、 なった。 武士たちの、 怒号。 悲鳴。
日向子は、 戸を、 叩く、 手を、 止めた。 何が、 起こっている?
そして、 彼女は、 気づいた。 赤い、 光。 部屋の、 障子(しょうじ)が、 不気味に、 赤く、 揺らめいて、 いる。
火事?
彼女は、 窓に、 駆け寄った。 中庭を、 見下ろす。 その、 光景に、 息を、 飲んだ。
屋敷の、 あちこちから、 火の手が、 上がっていた。 それだけでは、 ない。 黒い、 装束の、 男たちが、 屋敷に、 なだれ込み、 明智家の、 武士たちと、 斬り合って、 いた。
「まさか」
頼兼が、 言っていた。 『政治の、 風が、 荒れている』 『火の粉、 一つで、 すべてが、 灰に』
政敵。 信輝皇子と、 頼兼に、 敵対する、 一派が、 動いたのだ。 この、 宴の、 夜、 日向子の、 醜聞で、 屋敷が、 混乱している、 この、 一瞬を、 突いて。
「頼兼!」 「皇子を、 お守りしろ!」
怒号が、 飛び交う。 炎は、 ますます、 勢いを、 増し、 桜の、 木さえ、 赤く、 染め上げて、 いる。
日向子の、 部屋にも、 煙が、 入ってきた。 熱い。 息が、 苦しい。
「誰か! 誰か、 開けて!」
だが、 誰も、 来ない。 皆、 自分の、 命を、 守る、 ことで、 精一杯だ。 彼女は、 忘れられて、 いた。 この、 燃え盛る、 牢獄で、 死ぬ、 運命。
死。 その、 言葉が、 妙に、 静かに、 胸に、 落ちた。 (これで、 いい。 新が、 死ぬ、 くらいなら、 私も)
その、 時。
ドン!
外から、 戸を、 叩く、 激しい、 音が、 した。 いや、 叩いて、 いるのでは、 ない。 何か、 重い、 もので、 打ち破ろうと、 している。
ドン! ドン!
「誰?」
戸が、 内側に、 倒れ込んできた。 煙と、 炎の、 向こうに、 人影が、 立っていた。
その、 人影は、 よろめきながら、 一歩、 部屋に、 入った。 ぼろ、 ぼろの、 布を、 まとい、 体中、 傷だらけで、 血が、 流れていた。
だが、 その、 手には、 炎に、 照らされて、 不気味に、 光る、 一本の、 剣が、 握られていた。 彼が、 自ら、 打った、 あの、 剣。
「あら た?」
日向子は、 信じられなかった。 物置小屋から、 どうやって。 見張りの、 武士たちは。
新は、 答えない。 ただ、 荒い、 息を、 吐いている。 彼は、 見張りの、 武士たちが、 乱戦に、 巻き込まれた、 一瞬の、 隙を、 突き、 彼らを、 倒し、 自分も、 深手を、 負いながら、 ここまで、 来たのだ。
日向子を、 助ける、 ため、 だけに。
「来てください」 かすれた、 声。 「ここが、 崩れる」
新は、 日向子の、 細い、 手を、 掴んだ。 荒れた、 熱い、 手。
「でも!」 日向子は、 ためらった。 「あなたは あなたの、 傷は」
彼の、 脇腹からは、 止めどなく、 血が、 流れていた。 致命傷だ。
「いいから!」 新が、 初めて、 声を、 荒げた。 彼は、 日向子の、 手を、 引き、 燃え盛る、 廊下へと、 飛び出した。
地獄だった。 梁(はり)が、 燃え落ち、 火の粉が、 舞う。 あちこちで、 最後の、 斬り合いが、 続いていた。
「あそこだ!」 敵の、 兵士が、 二人を、 見つけた。 「あれが、 皇子の、 妃か! 捕らえろ!」
二人の、 敵兵が、 刀を、 振りかざし、 襲いかかって、 きた。
新は、 日向子を、 自分の、 背後に、 かばった。 そして、 剣を、 構えた。 深手を、 負い、 ろくに、 立って、 いられない、 はずの、 男が、 まるで、 仁王像の、 ように、 立ちはだかった。
「新 もう、 いい! もう、 いいの!」 日向子が、 叫んだ。 「私を、 置いて、 逃げて!」
「逃げません」 新は、 振り返らずに、 言った。 「これが、 俺の、 仕事、 ですから」
敵が、 斬りかかって、 きた。 新の、 剣が、 閃いた。 速かった。 命の、 最後の、 炎を、 燃やす、 かのような、 一閃。 一人を、 斬り伏せた。
だが、 もう、 一人が、 背後から、 迫る。 新は、 深手で、 反応が、 遅れた。 刀が、 彼の、 肩を、 深く、 切り裂いた。
「ぐ!」
新が、 よろめく。 だが、 彼は、 倒れなかった。 彼は、 その、 勢いを、 利用して、 体を、 回転させ、 敵の、 懐に、 飛び込み、 剣を、 突き刺した。
二人とも、 倒れた。 あたりには、 炎の、 音と、 新の、 荒い、 呼吸だけが、 響いた。
新は、 もう、 立てなかった。 彼は、 中庭に、 面した、 柱に、 背を、 もたせ、 ずるずる、 と、 座り込んだ。
中庭。 あの、 一本桜が、 燃える、 屋敷を、 背景に、 浮かび上がって、 いた。 炎の、 熱風で、 満開の、 花が、 一斉に、 散り始めて、 いた。 まるで、 白い、 吹雪の、 ようだった。
「新!」 日向子が、 彼の、 そばに、 駆け寄った。 彼の、 傷口を、 押さえようと、 する。 だが、 もう、 無駄だった。 血が、 止まらない。
「ひな こ さま」 新が、 かろうじて、 顔を、 上げた。 その、 顔は、 血と、 煤(すす)で、 汚れ、 もう、 ろうそくの、 ように、 白かった。
「なぜ」 日向子は、 泣いていた。 涙が、 止まらなかった。 「なぜ、 ここまで。 私なんかの、 ために。 あんな、 昔の、 おにぎり、 一つの、 ために!」
「ふ」 新が、 笑った、 ように、 見えた。 「おにぎり、 じゃ、 ない」
彼は、 途切れ、 途切れに、 言った。 「あの時、 あなたは 俺を 人間、 として、 見て、 くれた。 獣じゃ、 なく」
「俺は あなたに、 会う、 ため、 だけに、 生きて きた」
「いや! 死なないで! 死なないで!」 日向子は、 彼の、 体を、 抱きしめた。 自分の、 豪華な、 絹の、 衣が、 彼の、 血で、 赤く、 染まっていくのも、 構わなかった。
はら、 はら、 と、 桜が、 散る。 燃え盛る、 炎の、 中で、 白く、 白く、 舞い落ちる。 彼の、 血が、 流れる、 白い、 石畳の、 上に、 花びらが、 降り積もって、 いく。 赤と、 白の、 コントラストが、 あまりにも、 美しく、 残酷だった。
日向子は、 彼を、 抱きしめたまま、 言った。 魂、 からの、 叫びだった。
「もし もし、 私が、 こんな、 姫では、 なく 普通の、 里の、 娘だったら」
「もし、 私が、 自由に、 選べる、 身、 だったら」
「私は、 あなたを、 選んだ」
新の、 目が、 わずかに、 見開かれた。 彼の、 荒れた、 手が、 ゆっくりと、 上がり、 日向子の、 頬に、 触れようと、 した。 だが、 その、 手は、 途中で、 力なく、 落ちた。
彼は、 最後の、 力を、 振り絞り、 微笑んだ。 それは、 あの、 飢えた、 少年の、 顔では、 なく、 ただ、 穏やかな、 一人の、 男の、 顔だった。
「それ、 以上 何を 望む ことが、 ありましょう」
彼の、 言葉は、 そこで、 途切れた。 開かれていた、 目が、 ゆっくりと、 閉じていく。 彼が、 握っていた、 剣が、 カラン、 と、 音を、 立てて、 石畳に、 落ちた。
「新? 新!」
日向子が、 叫んだ。 だが、 彼は、 もう、 動かなかった。
「あ ああ あああああああああああああ!」
日向子の、 絶叫が、 燃え盛る、 屋敷と、 狂い咲く、 桜の、 中で、 こだました。 彼女は、 愛する、 男の、 冷たくなっていく、 体を、 抱きしめたまま、 ただ、 泣き続けた。 炎が、 すぐ、 そこまで、 迫っていた。
第二幕 完
第三幕
夜が、 明けた。 煙の、 匂いは、 まだ、 都の、 空に、 こびりついて、 いたが、 炎は、 鎮火して、 いた。
明智の、 屋敷は、 半分が、 焼け落ち、 無残な、 姿を、 さらしていた。 あの、 一本桜も、 半分が、 炎で、 焼かれ、 黒い、 骸(むくろ)の、 ようになって、 いた。
日向子は、 生きていた。
あの後、 彼女が、 新の、 亡骸(なきがら)を、 抱いて、 泣き崩れて、 いた、 ところを、 頼兼の、 兵士たちに、 発見されたのだ。 炎が、 迫る、 寸前だった。
兵士たちは、 彼女を、 無理やり、 引きはがし、 屋敷の、 焼け残った、 蔵へと、 運び込んだ。 新の、 体は、 燃え盛る、 炎の、 中に、 取り残された。
日向子は、 蔵の、 冷たい、 床の、 上で、 座っていた。 どれくらいの、 時間が、 経ったのか、 わからない。
彼女の、 豪華だった、 十二単は、 血と、 泥と、 煤(すす)で、 汚れ、 見る影も、 なかった。 髪は、 乱れ、 顔は、 涙の、 跡で、 白く、 乾いていた。
彼女は、 泣いて、 いなかった。 もう、 涙は、 出なかった。 彼女の、 目は、 何も、 映さない、 ガラス玉の、 ようだった。 新と、 共に、 彼女の、 魂は、 あの、 炎の、 中で、 死んだのだ。
ガチャリ、 と、 蔵の、 重い、 戸が、 開いた。 光が、 差し込み、 日向子は、 眩しさに、 目を、 細めた。
明智頼兼が、 立っていた。
彼の、 装束も、 ところどころ、 焼け焦げ、 顔には、 煤が、 ついていた。 だが、 その、 目は、 いつもの、 氷の、 冷静さを、 失って、 いなかった。 彼は、 この、 地獄の、 ような、 一夜を、 生き延び、 そして、 すでに、 次の、 手を、 考えて、 いる、 男の、 目を、 していた。
「ご無事で、 何より、 です、 日向子様」
声は、 いつもと、 変わらず、 滑らかだった。
日向子は、 答えなかった。 ただ、 虚ろな、 目で、 彼を、 見つめた。
「ひどい、 夜でしたな」 頼兼は、 蔵に、 一歩、 踏み入れた。 「信輝皇子も、 私も、 命からがら、 逃げ延びた。 敵の、 奇襲は、 あまりにも、 見事、 すぎた」
彼は、 日向子の、 前に、 しゃがみ込んだ。 彼女と、 視線を、 合わせる。
「だが、 すべて、 計算通り、 です」
「え?」 日向子の、 唇から、 初めて、 かすかな、 音が、 漏れた。
頼兼は、 満足そうに、 笑った。 氷の、 笑み。 「敵は、 『皇子の、 妃』を、 醜聞で、 貶(おとし)め、 その、 混乱に、 乗じて、 我らを、 討ち取る、 つもりだった。 すべて、 読み通り」
「何 を」
「ただ、 一つ」 頼兼の、 目が、 細められた。 「計算外、 だった、 のは、 あの、 鍛冶師、 ですかな」
新の、 名。 その、 名が、 出た、 途端、 日向子の、 ガラス玉の、 ような、 目に、 わずかに、 憎しみの、 光が、 宿った。
「あの、 愚かな、 男が」 頼兼は、 吐き捨てる、 ように、 言った。 「最後の、 最後で、 私の、 計画を、 台無しに、 してくれた。 あなたを、 あのまま、 『狂人』として、 死なせ、 皇子には、 『悲劇の、 婚約者』と、 して、 同情を、 集めさせる、 つもり、 だった、 ものを」
日向子は、 息を、 飲んだ。 この、 男は。 自分を、 あの、 部屋に、 閉じ込め、 焼死させる、 つもり、 だった。 それさえも、 彼の、 政治の、 道具、 として。
「それを、 あの、 鍛冶師が、 無様に、 助けに、 入り、 あなたを、 炎の、 外へ、 連れ出して、 しまった。 そして、 犬死に、 した」
「だまれ」
日向子の、 唇が、 震えた。 「黙れ!」
彼女は、 持っていた、 すべての、 力を、 振り絞り、 頼兼に、 飛びかかろうと、 した。 だが、 弱り切った、 体は、 彼の、 前で、 無様に、 崩れ落ちた。
「あ あ」
彼女は、 床に、 突っ伏したまま、 泣きじゃくった。 死んでいた、 はずの、 魂が、 激しい、 憎悪と、 絶望で、 無理やり、 引き戻された。
頼兼は、 冷たい、 目で、 その、 姿を、 見下ろしていた。
「泣くのは、 およしなさい、 姫」 彼は、 ゆっくりと、 言った。 「あの、 鍛冶師は、 死にました。 あなたの、 『感傷』も、 これで、 終わりです」
彼は、 日向子の、 乱れた、 髪を、 無造作に、 掴み、 無理やり、 顔を、 上げさせた。
「いいですか。 あなたは、 生き残った。 生かされた、 のです。 私に」
「!」
「あなたの、 価値は、 まだ、 残っている。 『悲劇の、 婚約者』 『炎の、 中から、 奇跡的に、 生還した、 姫』 こちらの方が、 より、 価値が、 高い、 やもしれぬ」
この、 男は、 悪魔だ。 日向子は、 恐怖と、 憎しみで、 震えた。
「選択肢は、 二つ」 頼兼は、 指を、 二本、 立てた。
「一つ。 ここで、 あの、 鍛冶師の、 後を、 追って、 死ぬ。 それも、 よろしい。 あなたの、 死も、 また、 政治の、 道具と、 なりましょう」
彼は、 指を、 一本、 折った。
「二つ。 生きる。 私の、 『駒』として、 生き恥を、 さらす。 信輝皇子の、 妃と、 なり、 この、 腐った、 都の、 頂点に、 立つ、 手助けを、 する」
彼は、 日向子の、 顔に、 自分の、 顔を、 近づけた。 その、 氷の、 目に、 わずかな、 興奮の、 色が、 浮かんでいた。 彼は、 この、 瞬間を、 楽しんで、 いる。
「選びなさい、 日向子様。 死、 か、 私との、 『生』か」
日向子は、 彼を、 睨みつけた。 涙は、 もう、 乾いていた。 彼女の、 目には、 憎悪、 そして、 それよりも、 もっと、 冷たい、 虚無が、 宿っていた。
死ぬ? 新の、 後を、 追う? それは、 簡単だ。 だが、 それは、 この、 男の、 思う、 壺だ。 自分の、 死さえ、 利用される。
新は、 何と、 言った? 『生きて、 ください』 『これが、 俺の、 仕事だ』
彼は、 自分を、 生かす、 ために、 死んだ。 自分が、 ここで、 死ねば、 彼の、 死は、 本当に、 「犬死に」に、 なってしまう。
日向子は、 ゆっくりと、 体を、 起こした。 彼女は、 乱れた、 髪を、 手で、 かき上げた。 そして、 頼兼を、 まっすぐに、 見据えた。
彼女は、 笑った。 声には、 出さなかった。 だが、 その、 目は、 確かに、 笑っていた。 それは、 頼兼の、 氷の、 笑みと、 同じ、 種類の、 何も、 信じない、 冷たい、 笑みだった。
「生きます」
彼女は、 言った。 かすれていたが、 はっきりとした、 声だった。
「あなたの、 望む、 『人形』に、 いいえ、 『駒』に、 なりましょう。 信輝皇子の、 妃と、 なり、 あなたを、 頂点へと、 押し上げる、 その、 手助けを、 いたしましょう」
今度は、 頼兼が、 息を、 飲む、 番だった。 彼は、 絶望に、 打ちひしがれる、 少女を、 予想して、 いた。 だが、 目の前に、 いるのは、 自分と、 同じ、 目を、 した、 一人の、 「怪物」だった。
日向子は、 続けた。 その、 声は、 平坦で、 何の、 感情も、 なかった。
「ただし、 条件が、 あります。 私の、 衣食住、 すべて、 この、 都で、 最高、 の、 ものを。 私は、 『悲劇の、 姫』 『炎から、 生還した、 奇跡』 なのでしょう? ならば、 それに、 ふさわしい、 扱いを、 して、 いただかなければ、 『駒』 としての、 価値が、 下がります」
頼兼は、 一瞬、 言葉を、 失い、 そして、 声を、 立てて、 笑った。 甲高い、 乾いた、 笑い声だった。
「面白い! 実に、 面白い! 日向子様、 あなたは、 私が、 思って、 いた、 以上の、 お方だ!」
彼は、 立ち上がり、 日向子に、 手を、 差し伸べた。 彼女を、 立たせる、 ために。
「よろしい。 その、 契約、 乗りましょう。 あなたは、 私の、 最高の、 『駒』だ」
日向子は、 その、 手を、 取った。 冷たい、 手が、 握り、 合わされる。
彼女は、 立ち上がった。 蔵の、 外の、 眩しい、 光の、 中へ、 一歩、 踏み出す。 もう、 昔の、 日向子では、 なかった。 彼女は、 この、 日、 新の、 死と、 引き換えに、 新しく、 恐ろしい、 「生」を、 手に入れたのだ。
焼け落ちた、 桜の、 木が、 黒い、 影を、 落としていた。
日向子が、 頼兼の、 「駒」と、 なってから、 数日が、 過ぎた。
彼女は、 完璧だった。 頼兼が、 「右」を、 向け、 と、 言えば、 右を、 向き、 「笑え」 と、 言えば、 凍てつく、 ような、 完璧な、 笑みを、 浮かべた。 彼女の、 心は、 死んだ。 新の、 死と、 共に。
彼女の、 胸を、 支配するのは、 ただ、 一つ。 頼兼への、 底なしの、 憎悪。 新を、 「犬死に」 と、 呼び、 あまつさえ、 自分を、 その、 死体、 の、 上で、 踊らせようと、 する、 この、 男への、 憎しみ、 だけだった。
婚礼の、 日は、 数日後、 に、 迫っていた。 焼け落ちた、 屋敷は、 驚くべき、 速さで、 修復され、 「悲劇の、 姫」 の、 ための、 舞台が、 整えられて、 いた。
その、 夜。 日向子は、 頼兼に、 呼び出された。 月が、 明るい、 夜だった。 場所は、 あの、 焼け焦げた、 桜の、 木が、 立つ、 中庭だった。
頼兼は、 一人で、 立っていた。 桜の、 幹に、 片手を、 触れながら。
「来ましたか」 彼は、 振り返らずに、 言った。
日向子は、 無言で、 彼の、 背後に、 立った。 何を、 言われても、 動じない、 覚悟は、 できていた。
「見事な、 『駒』だ」 頼兼は、 つぶやいた。 「憎しみを、 糧(かて)に、 あなたは、 美しく、 なった。 だが、 」
彼は、 ゆっくりと、 振り返った。 その、 氷の、 目に、 いつもの、 冷たさとは、 違う、 奇妙な、 興奮、 の、 ような、 色が、 浮かんでいた。
「憎しみ、 だけを、 土台に、 した、 駒は、 もろい。 いつか、 自分自身、 の、 炎で、 焼き尽きされ、 崩れ落ちる。 それでは、 私の、 『最高傑作』 とは、 言えませぬ」
「何が、 言いたい」 日向子の、 声は、 低く、 冷たかった。
「『真実』 を、 差し上げよう、 と、 思いましてな」 頼兼は、 楽しそうに、 笑った。 「あなたは、 私の、 『駒』 に、 なった。 ならば、 駒、 ではなく、 『私と、 同じ、 盤面を、 見る、 者』 として、 扱わねば、 礼儀に、 反しましょう」
彼は、 一歩、 日向子に、 近づいた。
「あなたは、 私を、 憎んで、 いる。 あの、 鍛冶師の、 男を、 『犬死に』 させた、 と。 私が、 炎の、 中で、 あなたを、 見殺しに、 しようと、 した、 と」
「そう、 あなたが、 言った」 日向子は、 彼を、 睨みつけた。
「嘘、 ですよ」
「え?」
頼兼は、 穏やかに、 言った。 「半分は、 嘘、 です」
「あの、 夜。 宴が、 壊れ、 あなたと、 鍛冶師の、 醜聞が、 確定した、 あの、 時」 頼兼は、 まるで、 遠い、 昔を、 懐かしむ、 ように、 語り始めた。
「私は、 確かに、 あなたを、 見捨てた。 あの、 鍛冶師も、 殺す、 つもりだった。 壊れた、 人形は、 不要、 ですからな。 『悲劇の、 死』 こそが、 次の、 一手、 だと」
それは、 日向子が、 蔵で、 聞いた、 通りの、 話だった。
「だが」 頼兼の、 声の、 トーンが、 変わった。 「あの、 鍛冶師 新、 とか、 言いましたかな。 あの、 男が、 私を、 呼びつけた」
日向子の、 息が、 止まった。
「物置小屋の、 牢から、 ですよ。 『明智様、 お話が、 ある』 と。 あの、 状況で。 私に。 面白い、 と、 思い、 会って、 やった」
頼兼は、 月を、 見上げた。 その、 目は、 あの、 夜を、 正確に、 思い出して、 いた。
「彼は、 言いました。 『今夜、 敵が、 動く』 と。 私が、 張り巡らせた、 網、 よりも、 正確に、 彼は、 『獣』 の、 勘で、 それを、 嗅ぎつけて、 いた」
「そして」 頼兼は、 日向子の、 目を、 まっすぐに、 見た。
「彼は、 私と、 『取引』を、 持ちかけた、 のです」
「取引?」
「『俺を、 ここから、 出せ』 と。 『敵が、 攻め入れば、 狙いは、 日向子様だ。 あんたの、 兵は、 皇子を、 守る、 ので、 手一杯。 姫は、 見殺しに、 なる』」
「『だが、 俺なら、 姫を、 守れる。 必ず。 この、 命に、 代えても』」
日M向子の、 体が、 震え始めた。 知らなかった、 真実。 あの、 地獄の、 裏側。
「私は、 笑いました」 頼兼は、 言った。 「『なぜ、 俺が、 お前を、 信じる? なぜ、 姫を、 生かす、 必要がある? 壊れた、 駒だ』 と」
「そしたら、 あの、 男は、 言った、 のです」
頼兼は、 新の、 声を、 真似る、 かのように、 低く、 言った。
「『あんたは、 商人だ。 死んだ、 駒より、 生きた、 駒の、 方が、 価値が、 ある、 ことは、 知っている、 はずだ』」
「『炎の、 中から、 奇跡的に、 生還した、 姫』。 『命がけの、 忠義、 で、 守られた、 姫』。 そっち、 の方が、 都の、 連中の、 心を、 掴める、 んじゃ、 ないか? 俺の、 『犬死に』 を、 『忠義の、 死』 に、 書き換え、 あんたの、 手柄に、 すれば、 いい』」
日向子は、 もう、 立って、 いられなかった。 彼女は、 焼け焦げた、 桜の、 幹に、 手を、 つき、 崩れ落ちる、 のを、 耐えた。
新。 あの、 無口な、 男が。 そんな、 政治の、 「盤面」を、 読んで、 いた?
「私は、 驚嘆した」 頼兼の、 声は、 隠す、 ことのない、 賞賛、 に、 満ちていた。 「あの、 男は、 私と、 同じ、 目を、 して、 いやがった。 愛、 だの、 恋、 だの、 という、 『感傷』 を、 切り捨て、 それを、 『最強の、 武器』 に、 変えて、 私に、 取引を、 持ちかけ、 て、 きた」
「彼は、 自分の、 命、 だけでなく、 自分の、 『愛』 さえも、 取引の、 道具に、 して、 あなた、 の、 『生』 を、 買おうと、 した、 のです」
「あ あ」 日向子の、 喉から、 声に、 ならない、 声が、 漏れた。
「私は、 乗った。 その、 取引に。 これほど、 面白い、 駒、 を、 見すみす、 死なせる、 わけには、 いかない。 彼が、 死に、 あなたが、 生きる。 それが、 生み出す、 『物語』 に、 私は、 賭けた」
だから。 あの、 夜。 新は、 「脱走」 できた。 頼兼が、 物置小屋の、 見張りを、 わざと、 手薄に、 させたのだ。 新が、 彼女の、 部屋に、 たどり着ける、 ように。 新が、 彼女を、 守り、 そして、 「忠義の、 死」 を、 遂げられる、 ように。
「あの、 男の、 最後の、 言葉を、 聞きましたか?」 頼兼が、 静かに、 尋ねた。
日向子は、 思い出す。 炎の、 中。 『これが、 俺の、 仕事、 ですから』
「仕事」 日向子が、 つぶやいた。 「あれは、 あなた、 との、 『取引』 」
「そうだ」 頼兼は、 短く、 言った。 「彼は、 見事に、 『仕事』を、 やり遂げた。 私、 との、 『契約』 を、 果たした、 のです。 あなたを、 守る、 という、 契約を」
憎しみが、 消えていく。 いや、 憎む、 相手が、 わからなく、 なった。 頼兼は、 悪魔だ。 だが、 その、 悪魔と、 取引し、 見事に、 勝利した、 新は、 一体、 何だ?
「あの、 男は、 私、 よりも、 一枚、 上手、 だった」 頼兼が、 初めて、 悔しそうな、 声を、 出した。 「私は、 あなたの、 『命』 を、 手に入れた、 つもりだった。 だが、 あの、 男は、 私の、 『駒』 である、 あなた、 の、 『心』 を、 守り切った。 私、 には、 決して、 届かない、 場所へ、 『自由』 に、 して、 死んでいった」
日向子は、 顔を、 上げた。 涙が、 頬を、 伝っていた。 だが、 それは、 絶望の、 涙では、 なかった。
新は、 負けて、 いなかった。 彼は、 死んだ。 だが、 彼は、 勝ったのだ。 この、 恐ろしい、 男、 頼兼、 との、 「取引」 に。
彼は、 自分の、 命を、 燃料にして、 日向子の、 「心」 を、 この、 政治の、 地獄から、 解き放った。
「これで、 わかった、 でしょう」 頼兼が、 言った。 「あなたは、 もはや、 私を、 憎む、 必要は、 ない。 私と、 あなたは、 あの、 『新』 という、 男が、 命を、 賭けた、 『盤面』 を、 引き継いだ、 『共犯者』 なのですから」
彼は、 日向子に、 手を、 差し出した。 蔵で、 した、 時の、 ように。
だが、 今度、 の、 日向子は、 もう、 憎しみ、 に、 震えては、 いなかった。
彼女は、 その、 手を、 取らなかった。
彼女は、 ただ、 静かに、 立ち上がり、 頼兼の、 横を、 通り過ぎた。
頼兼が、 驚いて、 彼女を、 見た。
日向子は、 立ち止まり、 彼を、 振り返った。 そして、 初めて、 心から、 微笑んだ。 それは、 新が、 死ぬ、 間際に、 見せた、 あの、 穏やかな、 笑みと、 似ていた。
「ありがとう、 明智様」
彼女は、 言った。 「『真実』 を、 教えて、 くれて」
「あなたは、 『共犯者』 と、 言った。 違う」
彼女は、 自分の、 胸に、 手を、 当てた。 帯の、 内側、 木の、 簪が、 ある、 場所。
「私は、 『自由』 よ」
彼女は、 それだけ、 言うと、 もう、 二度と、 振り返らず、 月光の、 中を、 自分の、 部屋へと、 戻っていった。
頼兼は、 一人、 残された。 彼の、 顔から、 笑みは、 消えていた。 彼は、 初めて、 自分が、 「負け」 を、 認める、 しかなかった。 あの、 鍛冶師、 と、 この、 姫、 に。
第三幕
あの夜。 日向子は、 自分の部屋で、 ただ、 座っていた。 手の中には、 あの、 古い、 木の簪(かんざし)が、 握りしめられていた。
涙は、 もう、 出なかった。 悲しみは、 深すぎると、 涙さえ、 凍らせてしまうことを、 彼女は、 初めて、 知った。
新は、 死んだ。 自分を、 生かすために。 あの、 頼兼という、 恐ろ Pしい、 男と、 取引をしてまで。
『あなたは、 自由だ』
それが、 彼の、 最後の、 望み。 呪いのように、 彼女の、 胸に、 突き刺さる。
自由。 この、 鳥かごの、 中で、 何が、 自由だというのか。
だが、 彼女は、 分かっていた。 新が、 守ろうとしたのは、 彼女の、 身体では、 ない。 彼女の、 「心」が、 頼兼や、 信輝に、 完全に、 屈服することを、 恐れたのだ。
彼女が、 人形として、 心を、 殺して、 生きていくこと。 それだけは、 彼には、 耐えられなかった。 だから、 彼は、 自分を、 「裏切り者」に、 仕立て上げ、 彼女の、 心に、 憎しみという、 「生」の、 炎を、 灯そうと、 した。 そして、 自分は、 死んだ。
なんという、 愚かで、 なんという、 気高い、 愛し方だろうか。
日向子は、 そっと、 簪を、 唇に、 当てた。 冷たい、 木の、 感触。 まるで、 彼の、 荒れた、 指先に、 もう一度、 触れる、 かのように。
「新」
彼女は、 ささやいた。 「あなたの、 望み通り、 私は、 生きる。 たとえ、 この、 場所が、 地獄、 であろうとも」
夜が、 明けていく。 桜は、 もう、 散り始めていた。
そして、 婚礼の、 日が、 来た。
日向子は、 息も、 できないほど、 豪華な、 十二単(じゅうにひとえ)を、 まとわされていた。 何枚も、 何枚も、 重ねられた、 絹は、 彼女の、 細い、 体には、 重すぎた。 まるで、 美しい、 棺(ひつぎ)の、 ようだった。
髪は、 高く、 結い上げられ、 金や、 玉の、 飾りが、 これでもか、 と、 いうほど、 挿されていく。
鏡に、 映る、 自分は、 自分では、 なかった。 それは、 完璧に、 作り上げられた、 「皇子の妃」という、 役割、 そのものだった。
女官たちが、 満足そうに、 頷き、 ささやい でいる。 「なんと、 お美しい」 「これぞ、 都の、 至宝」
日向子は、 無表情に、 鏡を、 見つめていた。
「姫様、 参りましょう」
彼女は、 立ち上がった。 重い、 絹が、 擦(す)れる、 音だけが、 響く。
屋敷の、 大広間に、 向かう、 長い、 廊下。 そこには、 信輝皇子が、 待っている。 そして、 多くの、 貴族たちが、 この、 「政治的な、 勝利」を、 見届けるために、 集まっている。
日向子は、 一歩、 一歩、 進む。 足元の、 感覚は、 ない。 ただ、 歩く、 人形。
中庭を、 横切る、 渡り廊下。 その、 瞬間だった。
日向子は、 ふと、 足を、 止めた。
「姫様?」 女官たちが、 怪訝な、 声を、 上げる。
彼女は、 答えなかった。 ただ、 中庭を、 見つめていた。
あの、 一本桜。 数日前までの、 狂おしい、 ほどの、 満開が、 嘘のように、 花は、 ほとんど、 散っていた。
風が、 吹く。 最後 の、 花びらが、 まるで、 名残を、 惜しむかのように、 はら、 はら、 と、 舞い落ちる。 地面は、 白い、 雪が、 積もったかのように、 花びらで、 埋め尽くされていた。
あの、 夜。 血に、 濡れた、 新を、 抱きしめた、 場所。
日向子は、 ゆっくりと、 動いた。 彼女は、 その、 重い、 十二単の、 一番、 奥、 帯の、 内側に、 隠していた、 手を、 入れた。
そして、 取り出した。 一本の、 素朴な、 木の、 簪(かんざし)。
女官たちが、 息を、 飲んだ。 「姫様、 何を!」
日向子は、 その、 声を、 無視した。 彼女は、 自分の、 髪に、 挿さっていた、 最も、 豪華な、 金の、 飾りを、 一本、 引き抜いた。
カラン、 と、 乾いた、 音がして、 それが、 床に、 落ちた。
そして、 その、 代わりに、 日向子は、 ゆっくりと、 しかし、 確かな、 手つきで、 あの、 木の簪を、 自分の、 結い上げた、 髪に、 深く、 挿した。
それは、 あまりにも、 不釣り合い だった。 豪華絢爛(ごうかけんらん)な、妃の、装束に、たった、一本の、 みすぼらしい、木の、 切れ端。
だが、 それこそが、 彼女の、 「心」だった。
「姫様、 ご乱心、 ですか!」 女官が、 慌てて、 それを、 .抜こうと、 手を、伸ばした。
「触るな」
冷たい、 声だった。 日向子の、 声だった。 人形では、 ない。 一人の、 人間の、 研ぎ澄まされた、 意志の、声。
女官の、 手が、 空中で、 止まった。
日向子は、 もう、 誰の、 顔も、 見なかった。 彼女は、 ただ、 まっすぐに、 前を、 向いた。 そして、 再び、 歩き始めた。
大広間の、 入り口。 信輝皇子が、退屈そうに、立っていた。 日向子の、 姿を、 認め、わずかに、 眉を、 ひそめる。 髪に、 挿さった、 奇妙な、「木片」に、気づいた、 のだ。
その、 斜め、 後ろ。 柱の、 影に、 明智頼兼が、立っていた。 いつもの、 氷の、笑みを、 浮かべて。
だが。日向子が、 彼と、 目が、 合った、瞬間。頼兼の、 目が、 ほんの、 わずかに、見開かれた。 彼もまた、 あの、木の簪に、気づいた。
彼の、 完璧な、 支配が、 揺らいだ、 一瞬。 日向子は、 それ を、 見逃さなかった。
日向子は、 彼から、 目を、 そらした。 そして、 信輝皇子の、 隣に、 進み出て、 深く、礼を、 した。
彼女は、 もう、 人形では、 ない。 新の、 愛という、 「自由」を、 心に、 抱いた、 「人間」として、この、.政治という、 地獄を、 生きていく。 それが、 彼女の、 選んだ、 「戦い」だった。
歳月が、 流れた。
都の、 政治は、 頼兼の、 描いた、 通りに、 動いた。 信輝は、 その、 頂点に、 立ち、 日向子は、 「国母」と、 呼ばれる、 存在と、 なった。
彼女は、 美しいが、 氷のように、 冷たい、 皇后として、 知られた。 決して、 感情を、 表に、 出さず、 しかし、 下々の、 者たちの、 痛みを、 知る、 賢明な、 女性として。
彼女には、 一つの、 奇妙な、 癖(くせ)が、 あった。
どれほど、 豪華な、 宴の、 席でも。 どれほど、 重要な、 儀式でも。 彼女の、 髪には、 いつも、 一本、 場違いな、 古い、 木の簪が、 挿さ れ ていた。
誰も、 その、 理由を、 尋ねることは、 できなかった。
そして、 毎年、 春が、 来て、 あの、 屋敷の、 桜が、 満開に、 なる、 頃。
彼女は、 必ず、 たった、 一人で、 その、 桜の、 木が、 ある、 古い、 屋敷の、 中庭を、 散策した。
信輝も、 頼兼も、 もう、 この世には、 いなかった。 権力も、 憎しみも、 過ぎ去った。
ただ、 桜だけが、 変わらず、 咲いては、 散って、 いく。
ある、 春の、 日。 日向子は、 いつものように、 一人、 桜の、 下に、 立っていた。 もう、若くは、 ない。
風が、 吹き、 花びらが、 彼女の、 肩に、降りかかる。 あの日、新の、血が、かかった、場所。
彼女は、 そっと、 髪に、 触れた。あの、 木の簪に。 それは、もう、 彼女の、 肌の、一部の、 ようだった。
彼女は、 空を、見上げた。 舞い散る、 桜の、 向こうに、遠い、昔の、 海辺の、 里を、 見る、 かのように。
彼女の、 唇が、わずかに、 動いた。それは、 穏やかな、微笑み、 だった。
都の、片隅。一本の、 桜の、Old 木の、 下には、 二つの、 魂が、いつも、 共に、 いると、 Un いう。
桜影の下 (完)
Tiêu đề YouTube (Tiếng Nhật)
Đây là một tiêu đề giàu cảm xúc, sử dụng từ khóa “泣ける” (gây khóc) rất mạnh trên YouTube Nhật Bản, đồng thời gợi mở về bối cảnh và câu chuyện.
【泣ける朗読】桜が散る夜、私はあなたを選んだ。平安の世に生きた、姫と護衛の儚くも美しい愛の物語『桜影の下』
(Dịch nghĩa tiếng Việt: [Đọc truyện cảm động] “Vào đêm hoa anh đào rơi, em đã chọn chàng.” Câu chuyện tình yêu mong manh mà tươi đẹp của nàng công chúa và người hộ vệ, sống trong thời đại Heian 『Dưới Bóng Hoa Anh Đào』)
2. Mô tả YouTube (Tiếng Nhật)
Phần mô tả này bao gồm một đoạn giới thiệu hấp dẫn (không tiết lộ twist chính), các từ khóa để tối ưu SEO, và các hashtag liên quan.
この物語を聴いてくださり、ありがとうございます。
これは、涙なしには聴けない、平安の世を舞台にした美しくも悲しい愛の物語です。
政略結婚の「駒」として都に呼ばれた姫、日向子(ひなよ)。
彼女の護衛となったのは、かつて彼女に命を救われた恩を持つ無口な鍛冶師、新(あらた)。
冷酷な陰謀が渦巻く御所の中で、身分違いの二人が密かに育む想い。
しかし、運命は二人を引き裂き、炎と裏切りが彼らを襲う。
桜の木の下で誓われた、たった一つの真実とは。
すべてが明かされる衝撃の結末に、あなたは必ず涙する。
イヤホンで聴くことをお勧めします。
よろしければ、チャンネル登録と高評価をお願いいたします。
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▼ キーワード (Từ khóa)
朗読, 泣ける話, 悲恋, 平安時代, 時代劇, 身分違いの恋, 桜, 感動, 作業用BGM, 睡眠導入, オーディオブック, 桜影の下
▼ ハッシュタグ (Hashtag)
#泣ける話
#朗読
#桜影の下
#平安時代
#悲恋
#オーディオブック
(Dịch nghĩa tiếng Việt: Cảm ơn bạn đã lắng nghe câu chuyện này. Đây là một câu chuyện tình yêu tuy đẹp mà buồn, lấy bối cảnh thời Heian, một câu chuyện không thể nghe mà không rơi nước mắt.
Nàng công chúa Hinayo, bị gọi về kinh đô như một “quân cờ” cho cuộc hôn nhân chính trị. Người trở thành hộ vệ của cô là Arata, một thợ rèn kiệm lời, người mang ơn cứu mạng cô trong quá khứ.
Tình cảm bị cấm đoán nảy nở trong bí mật giữa hai người thuộc hai tầng lớp khác nhau, giữa vòng xoáy âm mưu tàn khốc của hoàng cung. Nhưng, định mệnh xé nát họ, ngọn lửa và sự phản bội ập đến.
Sự thật duy nhất được thề nguyện dưới gốc cây hoa anh đào là gì? Bạn chắc chắn sẽ rơi lệ trước cái kết chấn động khi mọi thứ được phơi bày.
Khuyên bạn nên đeo tai nghe. Nếu bạn thích, xin vui lòng đăng ký kênh và đánh giá cao.
… (Keywords và Hashtags như đã liệt kê) …)
3. Gợi ý (Prompt) cho Ảnh Thumbnail (Tiếng Nhật)
Đây là một prompt (mô tả chi tiết) để bạn có thể sử dụng cho một công cụ AI tạo ảnh hoặc đưa cho một họa sĩ thiết kế, nhằm tạo ra một thumbnail thu hút nhất.
【サムネイル制作用プロンプト】
主題 (Chủ đề):
平安時代の姫と護衛の、美しくも悲劇的な愛。
構図 (Bố cục):
画面は左右二分割。
左側には、豪華な十二単(じゅうにひとえ)を着た姫(日向子)の悲しげで美しい横顔。彼女の目には涙が浮かんでいる。
右側には、黒っぽい着物で剣を握り、姫を守るように立つ護衛の男(新)の影、または決意を秘めた背中。
背景 (Bối cảnh):
背景全体は、月夜に照らされた満開の桜の木。
重要な要素 (Yếu tố quan trọng):
1. 空から「桜の花びら」が舞い散っている。
2. その桜の花びらに混じって、数枚だけ「真っ赤な血に染まった花びら」が紛れ込んでいる。
3. 姫が髪に挿している「一本の素朴な木の簪(かんざし)」をはっきりと見せる。
感情 (Cảm xúc):
儚い(Hakanai - Mong manh), 悲劇的 (Higekiteki - Bi kịch), 美しい (Utsukushii - Tươi đẹp).
テキスト (Chữ trên ảnh):
大きく「結末に涙」 (Ketsumatsu ni Namida - Rơi lệ với cái kết) または 「号泣注意」 (Goukyuu Chuui - Cẩn thận, sẽ khóc).
小さく「平安の悲恋物語」 (Heian no Hiren Monogatari - Câu chuyện tình bi thảm thời Heian).
(Dịch nghĩa tiếng Việt – Tóm tắt nội dung prompt):
- Chủ đề: Tình yêu bi kịch tuyệt đẹp của nàng công chúa và người hộ vệ thời Heian.
- Bố cục: Chia đôi màn hình. Bên trái là góc nghiêng đau buồn tuyệt đẹp của công chúa (Hinayo) mặc bộ Junihitoe lộng lẫy, mắt ngấn lệ. Bên phải là bóng/lưng của người hộ vệ (Arata) đang nắm kiếm, như thể bảo vệ cô.
- Bối cảnh: Cây hoa anh đào nở rộ dưới ánh trăng.
- Yếu tố quan trọng:
- Cánh hoa anh đào đang rơi.
- Lẫn trong đó là vài cánh hoa bị nhuộm đỏ như máu.
- Làm nổi bật “cây trâm cài tóc bằng gỗ” giản dị mà công chúa đang cài.
- Cảm xúc: Mong manh, bi thảm, tươi đẹp.
- Chữ trên ảnh: Chữ to: “結末に涙” (Rơi lệ với cái kết) hoặc “号泣注意” (Coi chừng khóc). Chữ nhỏ: “平安の悲恋物語” (Chuyện tình bi thảm thời Heian).