HỒI 1 – PHẦN 1
母の白菊
(私)
私は今、列車に揺られている。 窓の外を、見慣れた田園風景が流れていく。 緑が濃い。 空が広い。 都会の空とは違う、どこまでも続く青だ。
膝の上には、一つの箱が置かれている。 桐の箱ではない。 私が作った、陶器の骨壷だ。 重くはない。 だが、私の全人生を合わせたよりも、ずっと重く感じる。 中には、義母の、シズエさんの骨が入っている。
隣では夫の健人が、疲れた顔で目を閉じている。 この数日間、彼はずっと泣いていた。 葬儀の間も、火葬場でも、そして今も。 時折、彼の肩が小さく震える。
私は泣かなかった。 あの日、病院から電話があった時も。 「ご臨終です」という医師の冷静な声を聞いた時も。 私の心は、水底に沈んだ石のように、静かだった。
涙は出なかった。 悲しみも感じなかった。 ただ、胸にぽっかりと穴が開いたような、奇妙な喪失感だけがあった。 二十五年。 私の憎しみは、その対象を失ったのだ。 これから私は、何を憎んで生きていけばいいのだろう。
健人が、そっと目を開けた。 「亜希子」 かすれた声だった。 「大丈夫か?」
私は彼を見ずに、窓の外に目を向けたまま、小さく頷いた。 大丈夫、とはどういう意味だろう。 大丈夫ではないに決まっている。 でも、大丈夫だと言うしかなかった。 彼を安心させるため? いや、違う。 これ以上、彼に私の心の中を詮索されたくなかったからだ。
骨壷の表面を、指でなぞる。 冷たく、滑らかな感触。 私が徹夜で焼き上げたものだ。 釉薬はかけなかった。 土の、そのままの質感。 それが、シズエさんらしいと思った。 飾り気のない、厳しく、乾いた土。
二十五年前。 私は、この列車に逆向きに乗っていた。 東京から、この何もない田舎町へ。 隣には、希望に満ちた顔の健人がいた。 彼は、私の手を固く握っていた。 「大丈夫。母さんは厳しい人だけど、亜希子ならきっと気に入ってくれる」
私は、彼の言葉を信じていた。 若かったのだ。 私は二十三歳。 新進の陶芸家として、小さな賞をいくつか取り始めていた。 世界は私のためにあると、本気で思っていた。 愛する人と結婚し、彼の故郷で、自然に囲まれて作品を作る。 なんてロマンチックな人生だろう、と。
駅に着くと、小さな軽トラックが停まっていた。 運転席から降りてきたのは、小柄な女性だった。 それが、シズエさんだった。 当時、五十歳。 私と同じように、日差しを避けるための麦わら帽子をかぶっていた。 だが、その雰囲気はまるで違った。
健人が駆け寄る。 「母さん、ただいま!」 シズエさんは、息子を一瞥しただけだった。 「遅かったな」 その声は、乾いた土をこすり合わせるような音だった。
それから、彼女は私を見た。 品定めするような、鋭い視線。 私は緊張して、作り笑顔を浮かべた。 「初めまして。亜希子と申します」 深々と頭を下げる。
シズエさんは答えなかった。 彼女の視線は、私の顔から、ゆっくりと下へ移動し… 私の「手」で止まった。
私は、陶芸家の手をしている。 指は細いが、節くれだっている。 爪の間には、落としきれない粘土の色が微かに残っていた。 自慢の手だった。 何かを生み出す手だ。
シズエさんは、ふい、と目をそらした。 そして、私ではなく、自分の足元の土を見つめて言った。
「土をこねる手だね」
私は、それが褒め言葉だと思った。 「はい!私、陶芸をしています」 「…土をこねる手は」 シズエさんは続けた。 「菊を育てる手には、なれないよ」
それが、私たちの最初の会話だった。 彼女は、私に一度も「ようこそ」と言わなかった。
車は、広大な畑の間を走った。 見たこともないほどの、白い菊。 すべて白菊だった。 葬儀や、仏壇に供えるための花。 真夏の太陽の下、その白さは目に痛いほどだった。
「すごい…」 私は思わず呟いた。 「全部、母さんが一人で?」 「当たり前だ」 健人が、なぜか誇らしげに言った。 「うちは代々、この土地で菊を作ってるんだ。特に、母さんの菊は日本一だ」
シズ”エさんは、バックミラー越しに私を睨んだ。 「日本一、なんて軽々しく言うもんじゃない」 静かだが、有無を言わせない声だった。 健人は、バツが悪そうに黙り込んだ。
家に着いた。 古いが、立派な日本家屋だった。 だが、生活の匂いがしなかった。 まるで、手入れの行き届いた寺のようだった。 静かで、冷たく、そして菊の匂いがした。 甘く、しかし、どこか死を連想させる匂い。
その日から、私の「嫁」としての生活が始まった。 それは、生活というより、修行に近かった。
朝は四時起き。 夜明けと共に、シズエさんは畑に出る。 私も、慣れない長靴を履いて後を追った。 だが、私にできることは何もなかった。 菊の育て方など、知るはずもない。
「そこじゃない」 「葉を傷つける」 「土が泣いてる」
シズエさんの指導は、常に否定的だった。 私がやることなすこと、すべてが間違っていた。 彼女の目には、私は「都会から来た、役立たずの小娘」としか映っていなかったのだろう。
私は悔しかった。 陶芸の世界では、私は「才能がある」と言われていた。 土を扱うことにかけては、自信があった。 だが、ここの土は、私の言うことを聞かなかった。 シズエさんの土だった。
食事の準備も、戦いだった。 彼女は、私が作るものをほとんど口にしなかった。 「味が濃い」 「火が通りすぎだ」 「これは、何の野菜だ?」
私は、東京で流行っていたイタリアンのレシピで、ナスのグラタンを作ったことがある。 自分では、完璧な出来だと思った。 シズエさんは、それを一口だけ箸でつつき、 「…油の無駄だ」 と言って、席を立った。 台所に行き、戸棚から梅干しと白飯を取り出して、いつものように縁側で食べ始めた。
私は、健人に泣きついた。 「私、もう無理かもしれない」 「母さんは、ああいう人なんだ。悪気はないんだよ」 「悪気がないから、余計にたちが悪いのよ!」 「亜希子…」
彼は、いつも私を抱きしめてくれた。 だが、それだけだった。 彼は、決して母と私の間に立って、盾にはなってくれなかった。 彼は、シズエさんの「息子」であり、私の「夫」であるという、二つの役割の間で、ただ引き裂かれているだけだった。
私は孤立していた。 この家で、私の味方は誰もいない。 いや、一人だけ、味方がいた。 それは、家の裏手に建ててもらった、小さな陶芸小屋。 健人が、唯一、母に逆らって私のために作ってくれた場所だ。
私は、畑仕事と家事が終わると、そこに逃げ込んだ。 粘土に触れている時だけが、私だった。 土をこね、ろくろを回す。 形のないものが、私の手の中で形を持っていく。 その感覚だけが、私を生かしてくれていた。
シズエさんは、その小屋を忌み嫌っていた。 「あんなもので遊んでいないで、畑を手伝え」 「遊んでなんかいません!仕事です!」 「仕事?金にもならんものが、仕事なわけがあるか」
彼女にとって、価値のあるものは一つだけ。 菊だ。 白菊。 死者のための花。 それを育て、市場に送り、現金に変えること。 それだけが、彼女の世界のすべてだった。
私は、彼女の菊を憎み始めた。 あの、息苦しいほどの白さを。 家中に漂う、あの甘い香りを。 そして、その菊にすべてを捧げている、あの冷たい女を。
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HỒI 1 – PHẦN 2
私は、粘土に憎しみを込めた。 ろくろが、私の怒りを受け止めてくれた。 私が作る器は、どんどん歪んでいった。 鋭く、尖り、触れると怪我をしそうな形。 それは、私の心の形だった。 健人は、私の作品を見て、悲しそうな顔をした。 「亜希子、こんなものを作ってはいけない」 「なぜ?これは私の作品よ」 「君の心が見える。棘だらけだ」 「なら、その棘を抜いてくれる?私をこんなにしたのは、あなたのお母さんじゃない!」 彼は、また黙り込んでしまった。
私は、この家から逃げ出すことばかりを考えていた。 だが、できなかった。 なぜだろう。 健人を愛していたから? それもある。 でも、それだけではなかった。 私は、シズエさんに「負け」を認めたくなかったのだ。 あの女の言う通り、「都会の役立たず」だったと、自分で認めることになる。 それだけは、耐えられなかった。 私の意地が、私をこの土地に縛り付けていた。
季節は巡り、二年が過ぎた。 私は、まだ二十五歳だったが、心はすっかり老け込んでいた。 笑い方を忘れそうだった。 陶芸小屋にこもる時間は増えたが、ろくろを回す気力も湧いてこなかった。 粘土が、私の手の中で、ただの泥の塊になっていく。 私も、泥の塊になりそうだった。
そんなある日、体の異変に気づいた。 畑仕事をしていると、ひどい目眩がした。 そして、毎月決まっていたものが、来ない。
私は、恐る恐る、薬局で検査薬を買った。 結果は、陽性だった。
私は、その場で泣き崩れた。 嬉しいのか、怖いのか、自分でもわからなかった。 お腹に、新しい命が宿っている。 私と、健人の。 この、冷たい家の中で。
健人に伝えると、彼は子供のように喜んだ。 「本当か?亜希子!本当なんだな!」 彼は私を抱き上げ、ぐるぐる回った。 彼が、あんなに嬉しそうな顔をしたのは、久しぶりだった。 私も、つられて笑った。 暗いトンネルの中に、一筋の光が差し込んだようだった。
問題は、シズエさんだった。 健人が、意気揚々と報告に行った。 「母さん!聞いてくれ!亜希子のお腹に、赤ちゃんがいるんだ!」 私は、健人の背中に隠れるようにして、縁側で菊の手入れをしている義母の反応を待った。
シズエさんの手は、止まらなかった。 ハサミの、小気味よい音だけが響く。 チョキン、チョキン。 彼女は、こちらを見ようともしなかった。
「…そうか」 やがて、彼女は言った。 「時期が悪いな。これから一番忙しくなるっていうのに」
健人の顔から、笑顔が消えた。 「母さん、そんな言い方…」 「土を甘く見るな。菊は、待ってくれんぞ」 それだけだった。 「おめでとう」の一言もなかった。 私の体調を気遣う言葉もなかった。 彼女にとって、私は、そして私のお腹の子供は、菊以下の存在だった。
私は、奥歯を噛みしめた。 怒りで、体が震えた。 だが、その時。 私の中で、何かが変わった。 怒りではない、別の感情。
(いいわ) 私は思った。 (見てなさい。私は、あなたに負けない)
この子のためだ。 この子のために、私は強くなる。 この子を、この家の、正当な跡取りとして認めさせてやる。 そして、何よりも、この子に、私のような思いはさせない。
私は、働き方を変えた。 それまでは、シズエさんへの反発から、畑仕事はどこか「やらされている」という気持ちがあった。 だが、私は自ら、進んで畑に出るようになった。 朝四時、シズエさんが起きるよりも前に起き、台所の土間で朝食の準備を始めた。 米を研ぎ、味噌汁を作る。 シズエさんが好む、濃い目の出汁で。
彼女は、何も言わなかった。 ただ、私が作った味噌汁を、黙ってすするだけだった。 「まずい」とは、言わなくなった。 それだけで、私にとっては小さな勝利だった。
日中は、畑に出た。 つわりがひどかった。 菊の、あの甘い香りが、胃の底からこみ上げてくる吐き気を誘った。 何度も、畑の隅で嘔吐した。 だが、私は休まなかった。 シズエさんの前では、絶対に弱みを見せたくなかった。
「妊婦は、体を動かした方がいい」 シズエさんは、そう言った。 「昔の女は、産気づくまで畑仕事をしていたもんだ」 彼女は、私を妊婦として特別扱いすることは、一切なかった。 それが、彼女なりの「普通」だった。 私は、それを「意地悪」だと受け取った。
健人は、オロオロするばかりだった。 「亜希子、無理するな。小屋で休んでていいんだよ」 「いいの。私は大丈夫」 私は、彼の手を振り払った。 「それに、あなたのお母さんは、私が休むことを望んでないわ」
健人は、私と義母の間で、ますます痩せていった。 だが、私にはもう、彼を慰める余裕はなかった。 私は、戦っていた。 私の、たった一人の戦いだった。
不思議なことに、あれほどスランプだった陶芸が、再び私の手元に戻ってきた。 畑仕事で疲れた体を引きずって、夜、小屋に入る。 粘土に触れると、心が落ち着いた。 憎しみで作る器は、もうやめた。 私は、お腹の子のために作り始めた。
小さな、湯呑み。 小さな、ご飯茶わん。 丸く、柔らかく、手のひらにすっぽりと収まるような形。 釉薬は、温かみのある白を選んだ。 (この子には、白い菊ではなく、温かい白米を) そんな祈りを込めて。
ろくろを回しながら、お腹に話しかけた。 「いい子だね。もうすぐ会えるからね」 「おばあちゃんは、ちょっと怖いけど、本当は優しい人…だといいんだけどね」 くすくす、と一人で笑った。 この家に来て、初めて、未来に希望が持てた。
お腹は、日に日に大きくなった。 シズエさんは、相変わらず私のお腹を見ようともしなかったが、 時折、彼女の視線が、私の足元に注がれていることに気づいた。 「転ぶなよ」 一度だけ、ぼそりと言った。 それが、彼女の精一杯の優しさなのだと、その時は思った。
私は、このままいけば、うまくいくかもしれない、と期待し始めていた。 この子が生まれれば。 この子さえ生まれれば、あの冷たい氷のような義母の心も、少しは溶けるかもしれない。 私は、この家の「嫁」として、そして「母」として、ようやく認められるのかもしれない。
甘い、甘い期待だった。 私は、シズエという人間を、そして、この土地に根付く「伝統」というものの恐ろしさを、まだ何も理解していなかった。
安定期に入った、ある夏の日のこと。 その年は、記録的な猛暑だった。 連日、テレビは熱中症への注意を呼びかけていた。 だが、菊は待ってくれない。 特に、お盆に出荷する菊は、価格が跳ね上がる。 シズエさんは、鬼気迫る様子で、畑に取り憑かれていた。
「亜希子」 朝食の席で、彼女が言った。 「今日は、一日、小屋仕事は休め」 私は、耳を疑った。 私を気遣ってくれている? 「…どういう意味ですか?」 「人手が足らん。今日は、あんたにも、一日中、畑を手伝ってもらう」 「一日中?」 「ああ。出荷用の菊の選定と、水やりだ。日が暮れるまでかかる」
健人が、慌てて口を挟んだ。 「母さん、無茶だ!亜希子は妊婦なんだぞ!」 「妊婦だから、なんだというんだ」 シズエさんは、冷たく言い放った。 「この家で、菊の飯を食う以上、菊のために働くのは当たり前だ」 「しかし…」 「健人。お前は、この家を潰す気か?」
健人は、黙り込んだ。 シズエさんは、私に視線を移した。 「どうする?やるか、やらんか」 それは、選択肢ではなかった。 命令だった。
私は、唇を噛んだ。 (わかったわ。やってやろうじゃないの) 私は、この時、大きな間違いを犯した。 義母への反発心と、お腹の子を「人質」に取られたような怒りで、我を忘れていた。 私は、自分の体を過信していたのだ。 そして、この子を守るためだと思いながら、 実際には、この子を危険に晒す選択をしてしまった。
「やります」 私は、はっきりと答えた。 「やらせていただきます」
シズエさんの口元が、ほんの少しだけ、歪んだように見えた。 それが、嘲笑だったのか、それとも別の何かなのか、 今となっては、もうわからない。
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HỒI 1 – PHẦN 3
その日は、地獄のような暑さだった。 太陽が、容赦なく肌を突き刺す。 私は、麦わら帽子の下で、汗を拭うことさえ忘れて働いた。 頭が、ぼうっとする。 菊の匂いが、いつもより強く鼻についた。 甘く、むせ返るような匂い。 それが、私の胃をかき乱した。
シズエさんは、機械のようだった。 一滴も汗をかいていないかのように、淡々と作業を続ける。 その背中が、私を追い詰めた。 (休みたい) (水が飲みたい) (横になりたい) だが、口が裂けても言えなかった。 言えば、負けだと思った。
お腹が、石のように重かった。 時折、内側から「やめて」と、小さな悲鳴が聞こえる気がした。 私は、それを無視した。 (大丈夫、この子は強い子だ) (私の子だもの。こんなことでへこたれたりしない) 私は、自分に言い聞かせた。 義母に言い聞かせるように。
昼過ぎだった。 太陽が、ちょうど真上に来た頃。 私は、菊の茎を選別するために、深くかがみ込んでいた。 立ち上がろうとした、その瞬間。
ぐらり、と視界が揺れた。 世界が、白と黒のノイズに変わる。 そして、 腹部の奥深くで、何かが、ぷつり、と切れるような感覚がした。
「あっ…」
声にならない声が出た。 熱いものが、足の間を伝っていくのがわかった。 私は、ゆっくりと自分の手を見た。 手は、震えていた。 それから、恐る恐る、自分の作業ズボンに目を落とした。
夏の、薄いベージュ色のズボン。 その股の部分が、 赤黒く、濡れていた。
時間が止まった。 菊の匂いも、蝉の声も、太陽の暑さも、すべてが消えた。 ただ、その「色」だけが、私の世界を支配した。
「何をしている。手が止まってるぞ」 シズエさんの、冷たい声が飛んできた。 私は、答えられなかった。 口を開こうとしても、歯がガチガチと鳴るだけだった。
「亜希子?」 私の異常に気づいたのか、畑の向こうで作業していた健人が、慌てて駆け寄ってきた。 「どうしたんだ、顔が真っ白だぞ」 私は、彼を見上げることができなかった。 ただ、力なく、自分の足元を指差した。
健人の息を呑む音が聞こえた。 「あ…あ…」 彼は、言葉を失っていた。 「母さん!母さん!救急車だ!早く!」 健人が、生まれて初めて、母親に怒鳴りつけるのを聞いた。
シズエさんが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。 彼女は、私の足元の「色」を見た。 そして、私のお腹を見た。 彼女の顔は、能面のように、何の感情も浮かべていなかった。 彼女は、救急車を呼ぶでもなく、ただ、そこに立っていた。 そして、一言、 「…だから、言ったんだ」 と、呟いた。
「何を!?」 健人が、彼女の胸ぐらを掴みそうな勢いで叫んだ。 「母さんのせいだ!母さんが亜希子を追い詰めたからだ!」 「私のせいだと?」 シズエさんの目が、初めて怒りに燃えた。 「弱いからだ。都会のもやしは、土の厳しさに耐えられん。それだけのことだ」
「やめて…」 私は、かろうじて声を絞り出した。 「やめて、二人とも…」 だが、私の声は、彼らに届かなかった。 私は、菊畑の土の上に、崩れ落ちた。 意識が遠のく中、 (この土は、冷たい) と、思った。 (私の子は、この冷たい土に、還っていくんだ)
次に目覚めた時、私は病院の白い天井を見上げていた。 隣では、健人が、私の手を握って泣きじゃくっていた。 医者の声が、遠くで聞こえた。 「…残念ですが、お子さんは」 「…処置は、すべて行いました」 「…お母さんの、命に別状は…」
私は、何も感じなかった。 心は、完全に空っぽだった。 私のために作っていた、あの小さな、白いご飯茶わん。 あれを使うはずだった命は、もう、どこにもない。 光が、消えた。 私を、この家につなぎとめていた、たった一つの希望が。
健人が、車を運転して、私を家まで送ってくれた。 車の中は、彼のすすり泣く声だけが響いていた。 私は、窓の外を流れる、憎らしいほどの緑色を、ただ虚ろに眺めていた。
家に着いた。 夕日が、空をオレンジ色に染めていた。 健人が、私を支えようと、車のドアを開ける。 私は、彼の手を振り払った。 一人で、立てる。
ふらつく足で、車を降りた。 そして、私は、見た。
家の前には、誰もいなかった。 玄関は、開け放たれている。 だが、私を迎える人は、誰もいない。
私は、知らず知らずのうちに、家の裏手にある菊畑に向かっていた。 健人が、後ろで「亜希子、やめろ」と叫んでいるのが聞こえた。
いた。 彼女は、そこにいた。 シズエさんは、夕日に照らされた、あの広大な白菊の畑の中で、 たった一人、黙々と、菊の手入れをしていた。 私が、今朝までいた場所で。 まるで、何も起こらなかったかのように。 彼女は、病院にも来なかった。 私がお腹の子を失ったというのに、彼女は、平然と、菊を触っていた。
私は、彼女の後ろに立った。 足が、震えていた。 怒りなのか、悲しみなのか、それとも、ただの虚無なのか。
私は、待っていた。 彼女が、振り返るのを。 私に、何か言葉をかけるのを。 「すまなかった」 「辛かったな」 「残念だった」 どんな言葉でもよかった。 ただ、私と同じ人間としての、感情が欲しかった。 孫を失った、祖母としての、悲しみが欲しかった。
やがて、私の気配に気づいたのか、シズエさんは、ゆっくりと振り返った。 彼女の手は、土まみれだった。 顔には、汗と土が混じっていた。 彼女は、私の顔を、じっと見つめた。 その目には、涙は一滴もなかった。
長い、長い沈黙が流れた。 夕焼けが、彼女の顔を赤く染めている。
「…縁が、なかったんだ」
彼女は、そう言った。 乾いた土をこするような声で。
私の心臓が、音を立てて凍りついた。 縁がなかった? それだけ?
「土は、待ってくれない」 シズエさんは、続けた。 彼女の視線は、私を通り越し、背後にある菊畑に向けられていた。 「明日は、出荷日だ。菊は、待ってくれない」
私は、息ができなかった。 この人は、人間じゃない。 この人の心は、菊に食われてしまったんだ。 私の痛みも、失われた命も、この人にとっては、菊の出荷日以下の価値しかないのだ。
私は、彼女に背を向けた。 健人が、何か言っていたが、もう聞こえなかった。 私は、一歩、また一歩と、家に向かって歩いた。 いや、家ではない。
私は、家の裏手にある、私の陶芸小屋に向かった。 あそこだけが、私の場所だ。 シズエの菊の匂いが届かない、唯一の場所。
小屋に入ると、私は、中から鍵をかけた。 ガチャン、という、重い音がした。
私は、ろくろの前に座り込んだ。 粘土には、触らなかった。 ただ、暗闇の中で、じっと座っていた。 心の中で、一つの決意が、冷たい氷のように固まっていくのを感じた。
(私は、この人を、絶対に許さない) (私は、この人を、憎んで、憎んで、憎み抜いてやる)
それが、私とシズEさんの、二十五年にわたる冷たい戦争の、本当の始まりだった。
[Word Count: 2516] → Kết thúc Hồi 1
HỒI 2 – PHẦN 1
その日から、私たちの家には、二つの時間が流れ始めた。 シズエさんの時間と、私の時間だ。 私たちは、同じ屋根の下に暮らしながら、決して交わることのない、二つの世界を生きていた。
あの日、小屋にこもった私を、健人は無理やり連れ出そうとはしなかった。 彼は、ドアの外で、ただ泣いていた。 「亜希子、開けてくれ。頼むから」 私は、返事をしなかった。 数日後、私は小屋から出た。 だが、私は、もう以前の私ではなかった。
私は、シズエさんと話すことを、一切やめた。 彼女の顔を見ることもやめた。 彼女が食卓にいれば、私は台所の隅で立ったまま食事を済ませた。 彼女が畑に出れば、私は家の中にこもった。 彼女が家にいれば、私は小屋に逃げ込んだ。
私たちの間には、透明な、しかし、鋼鉄よりも固い壁ができた。 健人は、その壁の間で、必死にバランスを取ろうとしていた。 彼は、伝書鳩になった。 「母さんが、明日は町内会の集まりがあるそうだ」 「亜希子が、今夜はシチューにしたから、温めて食べてくれって」 私は、彼の言葉に頷きもしなかった。
シズ”エさんも、私に話しかけなくなった。 彼女は、私の存在を、まるで空気か、壁のシミか何かのように、無視した。 家の中で、私たちの目が合うことは、二度となかった。
私は、陶芸に没頭した。 いや、「没頭」という生易しいものではない。 それは、執念だった。 私は、ろくろを回し続けた。 まるで、そうしなければ、憎しみで自分が破裂してしまうかのように。
私の作る器は、変わった。 以前のような、温かみのある白は、もう作れなかった。 私が使うのは、冷たい青磁や、黒い釉薬だった。 形は、極端に薄く、鋭利になった。 縁は、ナイフのように尖っていた。 触れると、指が切れそうな器。 健人は、それを「氷の器」と呼んだ。
「亜希子、こんなものは、誰も使えないよ」 「使うために作ってないわ」 「じゃあ、何のために…」 「私のためよ」 私は、自分の作品を、一つも売らなかった。 小屋の棚に、所狭しと並べていった。 そこは、私の憎しみの博物館だった。
皮肉なことに、そんな私の「氷の器」が、東京のギャラリーの目にとまった。 「現代における、女性の抑圧と、内なる叫び」 評論家たちは、そんな、わかったようなわからないような言葉で、私の作品を賞賛した。 私は、いつの間にか、「田舎にこもる、孤高の女性陶芸家」として、小さな名声を得ていた。
個展を開かないか、という誘いもあった。 東京に戻ることもできたはずだ。 だが、私は、この家を離れなかった。
なぜか? 健人を愛していたから? それも、ゼロではなかった。 彼は、私と母の間で苦しみながらも、決して私を捨てなかった。 毎晩、冷たくなった私の手を、彼は温めようと握りしめてくれた。 その優しさに、私は甘えていた。
だが、一番の理由は、やはり、シズエさんだった。 もし、私がこの家を出ていけば、それは「敗北」を意味する。 シズエさんの思う壺だ。 「ほら、言っただろう。都会のもやしは、土には勝てん」 あの甲高い声で、彼女が嘲笑うのが目に浮かぶ。 それだけは、許せなかった。
私は、留まることを選んだ。 この家で、彼女の目の前で、陶芸家として生き続けること。 それが、私の復讐だった。 彼女の菊が「生」のためのものなら、私の器は「死」の美学だ。 私たちは、生と死を、同じ家で作り続けていた。
シズエさんはどうだったか。 彼女は、変わらなかった。 ただ、老いていっただけだ。 彼女は、さらに頑なになっていった。
健人が、私の代わりに、畑を手伝うようになった。 彼は、教師の仕事と、畑仕事と、そして、私と母との間で、すり減っていった。 それでも、シズエさんは、容赦しなかった。 菊畑は、彼女の王国であり、法律だった。 畑は、年々、その面積を広げていった。 まるで、彼女の執念が、土に乗り移ったかのように。
家の中は、奇妙な均衡で保たれていた。 台所は、私の領域だった。 私は、三人分の食事を作った。 だが、盛り付ける皿は、シズエさんと、私たち夫婦とでは、違っていた。 彼女は、昔ながらの、重い伊万里焼。 私たちは、私の作った、冷たい器。
仏間と、菊畑は、彼女の領域だった。 私は、あの日以来、一度も菊畑に足を踏み入れなかった。 仏壇にも、手を合わせなかった。 あの子の位牌は、そこにはなかった。 シズEさんは、あの子を「存在しなかったもの」として、扱っていたからだ。 私は、自分の小屋の棚に、自分で作った一番小さな白い壺を置き、それを、あの子の墓標にしていた。
季節だけが、平等に過ぎていった。 春が来て、菊の苗を植える。 夏が来て、菊が伸びる。 秋が来て、菊を刈り取る。 冬が来て、土は、私とシズ”エさんの心のように、固く凍る。
その繰り返し。 五年。 十年。 二十年。
私たちは、一言も口をきかないまま、二十年の歳月を重ねた。 私は四十八歳になっていた。 健人は五十歳。 そして、シズエさんは、七十歳を過ぎていた。
彼女の背中は、少し丸くなった。 髪は、真っ白になっていた。 だが、その目だけは、若い頃と変わらず、厳しく、冷たかった。 私たちは、お互いを憎みながら、お互いの存在なしでは生きられない、奇妙な共犯者のようになっていた。
私は、時々、思った。 (もし、あの日、あの子が死ななかったら?) (私は、笑って、あのおばあちゃん、と呼べていたのだろうか) (この憎しみは、本当は、どこから来たのだろう)
だが、そんな感傷は、すぐに打ち消した。 (考えても無駄だ) (私は、このまま、この女の最後を見届けてやる) (そして、彼女の墓に、彼女が育てた白菊ではなく、私が焼いた、氷の器を叩きつけてやるんだ)
そんなことばかりを考えながら、私は、ろくろを回し続けていた。
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HỒI 2 – PHẦN 2
その嵐は、ある秋の日に、突然やってきた。 テレビのニュースは、朝から「観測史上最大級の台風」だと、けたたましく繰り返していた。 風が、化け物のように家を揺さぶる。 雨が、弾丸のように窓を叩く。
運悪く、健人は留守だった。 町の教師会の研修で、隣町まで行っていた。 「橋が閉鎖されて、帰れなくなった」 昼過ぎに、彼からか細い電話があった。 「亜希子、大丈夫か? 母さんは?」 「大丈夫よ。あなたは、そっちで無事でいて」 私は、気丈にそう答えたが、心臓は嫌な音を立てていた。 この家に、私と、あの老婆が二人きり。
私は、いつものように陶芸小屋にいた。 外の轟音を遮断するように、粘土に集中しようとしていた。 だが、ろくろは回せなかった。 風の音が、二十五年前の、あの日の私の悲鳴に似ていたからだ。
私は、窓の外を見た。 家の裏手にある、広大な菊畑。 白菊が、嵐の中で、狂ったように揺れている。 白い波が、うねっている。 無防備な、死者の花たち。
(ざまあみろ) 心のどこかで、そう思っている自分がいた。 (全部、流されてしまえ) (あの女が、命よりも大事にしている菊だ) (それも、あいつと一緒に、泥水に沈んでしまえばいい) 私の憎しみは、二十年経っても、少しも衰えていなかった。
その時だった。 家の勝手口から、小さな人影が出てくるのが見えた。 黄色い、古い雨合羽。 シズエさんだった。
私は、目を疑った。 七十五歳だ。 この嵐の中、外に出るなど、正気の沙汰ではない。 「何をする気だ」 彼女は、おぼつかない足取りで、畑に向かって歩いていた。 手には、杭とロープを持っている。 菊を、守るつもりなのだ。
(馬鹿だ) 私は、窓に額を押し当てて、呟いた。 (あの人は、本当に菊に食われている) (自分と、菊の、区別もつかないんだ)
私は、見ているだけだった。 彼女が、風にあおられ、よろめくのを。 彼女が、泥水に足を取られ、膝をつくのを。 私は、冷たい傍観者だった。
シズエさんは、立ち上がろうとした。 だが、強風が、彼女の小さな体を、容赦なく打ち据える。 彼女は、倒れた菊の支柱に、しがみついた。 その姿は、まるで、嵐の海で、難破船の破片にすがるようだった。
彼女が、倒れた。 ゆっくりと、泥水の中に、横たわった。 ピクリとも、動かない。
私は、息を呑んだ。 (死んだ?) いや、違う。 雨合羽のフードが脱げ、真っ白な髪が、泥水に濡れていた。 彼女は、起き上がろうと、もがいていた。 だが、もう、力が入らないようだった。 その姿は… あまりにも、小さく、 弱々しかった。
憎い、と思った。 この二十五年、ずっと憎んできた。 だが、今、私の目の前で、泥水にまみれて死にかけているのは、 憎い義母であると同時に、 ただの、七十五歳の、か弱い老人だった。
「…ちくしょう!」 私は、叫んでいた。 誰に叫んだのか、わからない。 シズEさんにか。 嵐にか。 それとも、こんな時にさえ、憎しみを捨てきれない、自分自身にか。
気がつくと、私は、小屋を飛び出していた。 雨合羽も着ず、傘もささず。 土砂降りの雨が、一瞬で私をびしょ濡れにした。 冷たい雨が、頬を叩く。
「こんなこと!」 私は、叫んだ。 「こんなこと、私の仕事じゃない!」 「あなたとは、関係ない!」
だが、私の足は、止まらなかった。 私は、泥水の中を、走っていた。 あの菊畑に向かって。 二十五年前に、あの子を失って以来、一度も足を踏み入れなかった、あの場所に。
畑は、川のようになっていた。 泥が、足にまとわりつく。 一歩進むごとに、憎しみが、私の足首を掴んで、引き戻そうとするようだった。
「何をしている!起きろ!」 私は、泥水の中に倒れているシズエさんの腕を、乱暴に掴んだ。 彼女は、うっすらと目を開けた。 私だと、わかったのだろうか。 彼女の目は、いつものように、虚ろだった。 「…菊が」 かすれた声が、風に消えそうだった。 「菊が…流される」 「菊なんか、どうだっていいだろう!死ぬぞ!」 私は、生まれて初めて、彼女に怒鳴りつけた。
私は、彼女を無理やり立たせた。 彼女の体は、驚くほど軽かった。 だが、燃えるように熱かった。 高熱だ。
「家に戻るぞ!」 「嫌だ」 彼女は、私の手を振り払おうとした。 信じられないほどの力だった。 「菊を…支柱を…立て直さないと…」 「馬鹿を言え!」
彼女は、私を突き飛ばし、再び、倒れた菊に這っていこうとした。 私は、その姿に、恐怖を覚えた。 これは、執念だ。 人間を超えた、何かの。 菊の亡霊か。 それとも、土の地縛霊か。
私は、観念した。 この人は、家には戻らない。 菊が、すべて片付くまでは。 このままでは、二人とも、ここで死ぬ。
「…わかった!」 私は、叫んだ。 「やればいいんだろう!やれば!」
私は、泥水の中に落ちていたロープを拾い上げた。 そして、一番近くで倒れていた、菊の支柱を掴んだ。 「こうか!?」 「…違う」 シズエさんが、かろうじて言った。 「ロープは、三本束ねて…」 「うるさい!黙って見てろ!」
私は、陶芸家だ。 土をこねる手だ。 菊を育てる手には、なれない、と、この女は言った。 (見てろ) (私のやり方で、やってやる)
私は、ろくろを回す指先で、器用にロープを結び、支柱に固定していった。 シズエさんは、それを見て、何も言わなかった。 ただ、私と同じように、泥水に手をつき、 倒れた菊を、一本、また一本と、支柱に結びつけ始めた。
私たちは、無言だった。 嵐の音だけが、響いていた。 風の音。 雨の音。 そして、 ハァ、ハァ、という、二人の、荒い息遣い。 憎しみ合う、二人の女の、息遣いだけが、 奇妙に、シンクロしていた。
なぜ、私は、これをやっているのだろう。 わからない。 この菊を守るため? 違う。 この老婆を死なせないため? それも、違う気がする。
ただ、目の前に、やるべきことがあった。 倒れているものを、立て直す。 粘土をこねて、器にするように。 私は、無心で、手を動かし続けた。
どれほどの時間が経ったのか。 気がつくと、あれほど荒れ狂っていた風が、少しだけ、弱まっていた。 雨も、小降りになっていた。 嵐の目が、近づいているのかもしれない。
菊畑は、無残な姿だった。 だが、すべてが失われたわけではなかった。 私たちが、ロープで結んだ一角だけが、 まるで、嵐に抵抗するかのように、必死に、立っていた。
「…もう、いい」 私が、そう呟いた時だった。
シズエさんの体が、ゆっくりと、私の方に傾いてきた。 彼女は、もう、自分を支える力も残っていなかった。 「おい!」 私は、思わず、彼女の体を抱きかかえた。 二十五年ぶりに、 私は、この人の体に、触れた。
彼女の体は、異常に熱かった。 雨に濡れたせいか、それとも、高熱のせいか。 彼女は、私の腕の中で、意識を失っていた。
[Word Count: 2470]
HỒI 2 – PHẦN 3
私は、どうやって彼女を家まで運んだのか、よく覚えていない。 まるで、火の玉を抱えているようだった。 泥だらけの老婆は、私の腕の中で、時折、小さく「寒い」と、うわ言を言った。 あれほど熱いのに、寒い、と。
私は、玄関に彼女を叩きつけるように寝かせた。 健人に電話をかけた。 「橋が、まだ渡れない」 彼の声は、パニックに近かった。 「救急車を!亜希子、すぐに!」 「わかってる!」 私は、電話を切った。
救急車は、嵐が完全に通り過ぎるまで来られない、と言った。 このままでは、朝まで持たないかもしれない。 私は、舌打ちをした。 (面倒なことになった) (勝手に死ねばいいものを) そう思った。 だが、私の体は、勝手に動いていた。
泥だらKEの雨合羽を、ハサミで切り裂いて脱がせた。 冷たい、濡れた服を、すべて剥ぎ取った。 彼女の、裸の体を、私は初めて見た。 七十五年の歳月が、そこにはあった。
私は、息を呑んだ。 彼女の体は、まるで、枯れ木のようだった。 皮と、骨。 あちこちに、古いアザや、傷跡がある。 土と、菊と、格闘してきた歴史が、その小さな体に、すべて刻み込まれていた。
そして、 何よりも、私を打ったのは、 彼女の「手」だった。
私は、自分の手を、陶芸家の手だと思っていた。 だが、彼女の手に比べたら、私のは、赤子の手のようなものだ。 シズエさんの手は、もはや、人間の手ではなかった。 関節は、太く、ねじ曲がっていた。 指は、土の色素で黒ずみ、爪は、すべて潰れていた。 手のひらは、一枚の、分厚い、革のようだった。 それは、道具だ。 土を掘り、菊を育てるためだけに、最適化された、生きている道具。
二十五年前、彼女は言った。 「土をこねる手は、菊を育てる手には、なれない」 その意味が、今、わかった。 私と彼女は、同じ「土」を触ってきた。 だが、その「向き合い方」が、まったく違っていたのだ。
私は、土から、何かを「生み出そう」としてきた。 自分の名前で、作品を作ろうとしてきた。 だが、彼女は、違った。 彼女は、土に、自分自身を「捧げて」きたのだ。 彼女は、菊を作るために、自分の手を、体を、そして、おそらくは、心さえも、土に捧げてきた。 その結果が、この、ねじ曲がった手であり、枯れ木の体だ。
私は、熱い湯で絞ったタオルで、彼女の体を拭き始めた。 憎い女の体を。 あの子を、私から奪った、冷たい女の体を。 拭きながら、吐き気がした。 この行為は、何だ? これは、優しさか? 同情か? いや、違う。 これは、義務だ。 このまま、ここで死なれては、私の復讐が、宙に浮いてしまう。 それだけだ。
私は、自分にそう言い聞かせた。 何度も、何度も。
乾いた寝間着に着替えさせ、客間の布団に寝かせた。 彼女の額に、濡れたタオルを置く。 ひどい熱だ。 呼吸が、浅く、速い。 ゼイゼイと、喉が鳴っている。 肺炎だ。 素人目にも、わかった。
その夜は、一睡もできなかった。 私は、彼女の枕元で、座禅を組むように、座っていた。 彼女が、死ぬのか、生きるのか、 それを見届けてやろう、と思った。 憎しみは、奇妙なエネルギーを私に与えていた。
夜が明ける頃、嵐は去っていた。 健人が、泥だらkeの車で、真っ青な顔をして帰ってきた。 彼は、客間に横たわる母の姿を見て、その場に崩れ落ちた。 「母さん…!」 「泣いてる場合じゃないだろう」 私は、冷たく言った。 「病院に運ぶぞ。手伝え」
シズエさんは、町の総合病院に入院した。 診断は、やはり、重度の肺炎だった。 集中治療室に入れられ、私たちは、待合室で待つことしかできなかった。 健人は、自分のせいだと、自分を責め続けた。 「僕が、研修になんか行かなければ」 「あなたがいなくても、あの人は、畑に出たわ」 私は、事実を言った。 「あの人は、そういう人だ」 健人は、私の顔を、じっと見つめた。 「…亜希子」 「なに?」 「母さんを、運んでくれたのは、君なんだな」 「…別に。義務よ」 「…ありがとう」 私は、その言葉に、答えなかった。
シ”ズエさんは、一命をとりとめた。 だが、意識は戻らなかった。 高熱と、うわ言が続いた。
私たちは、交代で、彼女の看病にあたった。 健人が、昼間。 私が、夜。 私は、その方が都合がよかった。 夜の病院は、静かだ。 シズエさんと、二人きりになれる。 彼女の、弱っていく姿を、間近で見ることができる。 私は、最低な女だ、と思った。 だが、それが、私の本心だった。
ある夜だった。 いつものように、私は、彼女のベッドの横で、本を読んでいた。 正確には、本を開いているだけで、文字は頭に入ってこなかった。 シズエさんの、苦しそうな呼吸音だけが、部屋に響いていた。
その時、 彼女の手が、動いた。 布団から、這い出すように、手が伸びてきた。 そして、 私の、本を持つ手を、 あの、ねじ曲がった、枯れ木のような手で、 弱々しく、掴んだ。
私は、驚いて、本を取り落とした。 「…!」 振り払おうとした。 だが、できなかった。 力は、ないはずなのに、その手は、まるで、万力のように、私の手を掴んで離さなかった。 熱い。 彼女の手から、高熱が伝わってくる。
「…シズエさん?」 私は、思わず、声をかけた。 二十五年ぶりに、彼女に、直接。
彼女の目は、閉じたままだった。 眉間に、深いシワが寄っている。 苦痛に、耐えている顔だ。 唇が、かすかに、震えた。
「…ごめんよ」
私は、耳を疑った。 聞き間違いだと思った。 「…ごめんよ」 彼女は、繰り返した。 「…坊や」
(坊や?) 私は、眉をひそめた。 (健人のことか) ああ、そうか。 高熱で、錯乱しているんだ。 私を、息子の健人だと、間違えているんだ。 (ふん。馬鹿な) 私は、手を振りほどこうとした。
だが、彼女は、さらに強く、私の手を握りしめた。 そして、 うわ言は、続いた。
「…あの子が」 「…寒い、だろうに」
私の、心臓が、止まった。 背筋を、冷たい氷が、這い上がるような感覚。
彼女は、続けた。 「あの子…」 「土の、中で…」 「ひとりで…」 「寒い、だろうに…」
私は、息を詰めて、彼女の顔を見つめた。 目は、固く閉じられている。 だが、 その閉じた瞼から、 一筋、 涙が、こぼれ落ちた。
シワだらけの頬を、伝って、 枕に、小さなシミを作った。
「…ごめんよ」
私は、自分の手を、彼女の手から、ひったくるように引き抜いた。 ガタン、と、椅子が音を立てた。 私は、立ち上がっていた。 そして、後ずさりをしていた。
(今のは、何だ?) (あの子?) (土の中?寒い?)
まさか。 いや、まさか。 彼女は、 私の、 二十五年前の、 あの子のことを、言っているのか?
(そんなはずがない) (この人は、あの子のことなど、「縁がなかった」の一言で、片付けた女だ) (菊の出荷日のために、私を働かせ、あの子を死なせた女だ) (泣くはずがない) (謝るはずがない)
私は、混乱していた。 頭が、割れるように痛かった。 私は、彼女の顔を見ることができず、病室を飛び出した。
冷たい、夜中の廊下を、私は、夢遊病者のように歩いた。 自販機の前で、立ち止まる。 コーヒーを買おうとした。 だが、震える手で、小銭を、床にばらまいてしまった。
私は、その場に、うずくまった。 床に散らばった、十円玉や、百円玉。 それを、拾い集める気力もなかった。
(あの子が、寒い)
彼女の声が、耳にこびりついて、離れない。 あの、涙が。
二十五年かけて築き上げてきた、私の憎しみの城。 その、鉄壁だったはずの壁に、 今、 ほんの、小さな、 しかし、致命的な、 亀裂が、入った。
[Word Count: 3012]
HỒI 2 – PHẦN 4
私は、どうやって朝を迎えたのか、覚えていない。 病院の、固い長椅子で、体を丸めていたらしい。 看護師に、優しく肩を揺さぶられて、目を覚ました。 「旦那さん、いらっしゃいましたよ」
健人が、暗い顔で、私を見下ろしていた。 「…ひどい顔だ。代わるから、帰って休め」 「いい」 私は、首を振った。 「私、もう、帰るから」 「え?」 「この家、出ていくわ」
自分でも、何を言っているのか、わからなかった。 口が、勝手に動いていた。 二十五年間、意地で留まってきたこの家を、 今、 この、一番大事な時に、 出ていく、と。
「亜希子、何を言ってるんだ!?」 健人の声が、大きくなった。 「母さんが、こんな時に!」 「だからよ!」 私は、叫んでいた。 「だから、嫌なのよ!」 「訳が分からないよ!」
「あの人が…」 私は、震えを抑えられなかった。 「あの人が、昨日の夜、あの子に謝ったのよ!」 「…え?」 「『寒いだろう』って! 『ごめん』って! 泣いてたのよ!」 「…!」 健人の顔が、凍りついた。 彼は、何かを知っている顔だった。
「どういうことなの!」 私は、彼の胸ぐらを掴みたい衝動に駆られた。 「二十五年間、あの子は『縁がなかった』んでしょ! なのに、今さら、なんで!」 「亜希子、落ち着け…」 「落ち着けるわけないでしょう! 私は、あの人を憎むことで、生きてきたのよ! なのに…! あの涙は、何なの!?」
私の、心の堤防が、決壊した。 涙が、あふれて、止まらなかった。 憎しみが、消えていく。 その代わりに、 得体の知れない、 巨大な「悲しみ」が、 私を、飲み込もうとしていた。
健人は、私を、無理やり長椅子に座らせた。 彼は、私の隣に座り、 深く、深く、ため息をついた。 そして、 床の、一点を、見つめたまま、 話し始めた。
「…ごめん、亜希子」 「ずっと、君に、話さなければならないことがあったんだ」 「…隠していた」
彼の声は、懺悔のようだった。
「母さんが、君に言った、あの言葉…」 「『土は、待ってくれない』」 「…うん」 「あれは、母さんの言葉じゃないんだ」
私は、顔を上げた。 「…どういう、意味?」
「あれは…」 健人は、唇を噛み、言葉を選んだ。 「僕の、おばあちゃん…つまり、母さんの、姑(しゅうとめ)が、 母さんに、言った言葉なんだ」
「…」
「母さんも、若い頃、流産したことがあるんだ」 「僕が、生まれる前のことだ。 最初の、子供だったらしい」 「…知らなかった」
「僕も、父さんの位牌の横に、小さな、名前のない位牌があるのを、不思議に思って、 ずっと後になって、親戚のおばさんから、聞いたんだ」
健人は、続けた。
「その時も、ひどい日照りで、菊の出荷に追われていたそうだ。 母さんは、無理をして、畑仕事をして… そして、僕の、兄になるはずだった子を、失った」
私は、息を呑んだ。 シズエさんの、あの枯れ木のような体。 あの、ねじ曲がった手。 その過去と、 私の、二十五年が、 音を立てて、重なった。
「母さんが、血まみれになって、家に戻った時…」 健人は、声を、震わせた。 「おばあちゃんは、母さんに、こう言ったそうだ」
「『何を泣いている』」 「『土は、待ってくれない』」 「『菊は、明日、出荷日だ』」 「『さっさと、体を洗って、畑に戻れ』」
私は、目を、見開いたまま、動けなかった。 (土は、待ってくれない) (明日は、出荷日だ) シズエさんが、私に言った言葉と、 一言一句、 同じだった。
「母さんは…」 健人の目から、涙がこぼれた。 「誰にも、看取られず、 一人で、納屋で、死んだ子を産んで、 一人で、裏山に、埋めたんだそうだ」
「そんな…」
「そして、その日の夕方には、 何事もなかったかのように、 畑仕事に、戻っていた、って…」
「あ…」 私は、声にならない、声を漏らした。 胸を、巨大な金槌で、殴られたようだった。
「だから…」 健人は、私の手を握った。 冷たい、彼の手。 「あの日、君が、倒れた日。 母さんは、君を、憎んで、あの言葉を言ったんじゃない」
「…」
「彼女は、パニックになってたんだ」 「君の姿に、 二十年以上前の、 血まみれの、 絶望した、 若い頃の、 自分自身を、 見てしまったんだ!」
「彼女は、君に言ったんじゃない」 「彼女は、 自分の運命に、 自分の姑に、 そして、 あの日の自分に、 叫んでたんだ!」
「『縁がなかった』」 「『土は、待ってくれない』」 「それは、彼女が、自分自身に、 そう、言い聞かせて、 自分を、殺して、 生き延びるために、 ずっと、 唱え続けてきた、 呪文だったんだ…!」
私は、もう、何も、聞こえなかった。 健人の、泣き声も。 病院の、朝の、雑踏も。 すべてが、遠くなった。
二十五年の、憎しみ。 私の人生の、半分以上を、捧げた、 あの、冷たく、硬い、氷の憎しみ。
それが、 音を立てて、 粉々に、 砕け散った。
それは、憎しみではなかった。 それは、 世代を超えて、受け継がれてしまった、 巨大な、 悲劇的な、 「誤解」だった。
シズエさんは、 冷たい、女、なんかじゃなかった。 彼女は、 私と、同じだった。 いや、 私以上に、 深く、 深く、 傷ついていた、 ただ、 一人の、 女だった。
彼女は、 厳しさで、 私を、守ろうとしたのか? それとも、 私に、自分と同じ、 「土に捧げる」生き方を、 強要しようとして、 失敗したのか?
もう、わからない。 だが、 一つだけ、わかったことがある。
あの日、 嵐の中、 私が、 泥まみれの彼女を、 抱きかかえた時、 彼女の体が、 あんなにも、 軽く、 感じた、 理由。
あの中には、 もう、 魂は、 残っていなかったんだ。
彼女の魂は、 とっくの昔に、 あの、 白菊の、 畑の、 冷たい、 土の、 中に、 埋められていたんだ。
「…亜希子?」 健人が、私の顔を、覗き込む。
私は、 ゆっくりと、立ち上がった。 そして、 シズエさんが、 眠っている、 集中治療室の、 ドアを、 見つめた。
「…話が、したい」 私は、呟いた。 「今すぐ、 あの人と、 話を、 しなくちゃならない」
私は、ドアノブに、手をかけた。
だが、 その時、 ドアが、 内側から、 開いた。
慌てた様子の、 看護師が、 顔を出した。
「ご家族の、方!」 「先生が、お話があります!」
私と健人は、 顔を、 見合わせた。
嫌な、 予感が、 胸を、 締め付けた。
[Word Count: 3311] → Kết thúc Hồi 2
HỒI 3 – PHẦN 1
私たちが、医師から、 「…峠は、越えられませんでした」 と、 淡々とした、しかし、残酷な事実を告げられたのは、 それから、数分後のことだった。
「肺炎の悪化による、多臓器不全です」 「…ご臨終です」
健人が、その場に、泣き崩れた。 医者の、白い上着に、すがりついて、 子供のように、声を上げて、泣いた。 「嘘だ! 母さん! 嘘だと言ってくれ!」
私は、 泣けなかった。 立っていた。 微動だにせず、 医者の、 その、疲れきった、 死を告げることに、慣れきった、 目を、 じっと、見つめ返していた。
(間に合わなかった)
その、 たった一つの、 事実だけが、 私の、空っぽになった、 頭の中で、 こだましていた。
話が、したかった。 謝りたかったのか。 許しを乞いたかったのか。 それとも、 ただ、 「あなたも、辛かったんですね」と、 言いたかっただけなのか。
もう、わからない。 もう、 永遠に、 その言葉を、 伝えることは、 できなくなった。
二十五年。 私は、彼女を憎むことに、二十五年を費やした。 そして、 彼女を理解するのに、 たった、一日。
人生とは、 なんて、 意地の悪い、 冗談なんだろう。
葬儀は、慌ただしく行われた。 嵐で、多くの菊がダメになったにもかかわらず、 シズエさんの育てた菊は、見事なものが残っていた。 それを、健人が、泣きながら、手配した。 シズEさんの、葬儀の祭壇は、 皮肉なことに、 彼女が、人生を捧げた、 あの、 白菊で、 埋め尽くされた。
私は、 その間、 ずっと、 陶芸小屋に、こもっていた。
健人は、 「不謹慎だ」とは、言わなかった。 彼も、 私に、 何かを、 期待することは、 もう、 諦めていたのかもしれない。
私は、 ろくろを、回さなかった。 棚に並んだ、 あの、 憎しみの結晶である、 「氷の器」を、 一つ、 手に取った。
そして、 それを、 床に、 叩きつけた。 パリン、という、 乾いた音。
次々と、 叩きつけた。 私の、 二十代の、 三十代の、 四十代の、 怒り、 悲しみ、 孤独。 すべてを、 叩き割った。
小屋の中は、 青と黒の、 鋭利な、 陶器の破片で、 埋め尽くされた。 私の、 二十五年間の、 憎しみの、 残骸だ。
そして、 私は、 新しい、 粘土を、 こね始めた。
土の色が、 そのまま、 生きている、 赤土。 この土地の、 畑の、 土。 シズエさんが、 愛し、 そして、 憎んだ、 土。
ろくろは、使わなかった。 「手びねり」で、 粘土を、 積み上げていった。 ゆっくりと、 祈るように、 確かめるように。
私の、 「土をこねる手」が、 初めて、 憎しみ以外の、 何かの、 ために、 動いていた。
形は、 歪んでいた。 不格好だった。 だが、 温かみがあった。 それは、 器ではなかった。 何かを、 包み込む、 「入れ物」だった。
窯に、火を入れた。 徹夜で、 火を、 見つめた。 炎が、 私の、 残った、 憎しみを、 焼き尽くしていくようだった。
そして、 窯から、 それを取り出した時、 私は、 静かに、 頷いた。
これは、 シズエさんの、 ための、 器だ。
火葬場で、 健人が、 骨を拾うのを、 私は、 見ていた。 彼の、 震える手。
「僕に、やらせて」 私は、 初めて、 彼を、 制した。 健人は、 驚いた顔で、 私を、 見た。
私は、 健人から、 箸を、 受け取った。 そして、 シズエさんの、 もう、 白菊のようにもろくなった、 骨を、 一つ、 また、 一つと、 拾い上げた。
あの、 土に、 捧げられた、 ねじ曲がった、 指の、 骨を。
私は、 泣かなかった。 ただ、 その、 一つ一つを、 あの、 私が焼いた、 土色の、 不格好な、 壺に、 納めていった。
(ああ、 この人は、 本当に、 軽くなってしまった)
そう、 思った。
そして、 今。 私は、 列車に、 揺られている。 (冒頭のシーンに戻る)
膝の上には、 あの、 陶器の、 骨壷がある。 重い。 シズEさんの、 七十五年の、 苦しみが、 全部、 詰まっているようで、 重い。
健人が、 隣で、 うつらうつら、 している。 「…亜希子」 「なに?」 「母さん、 喜んでくれるかな」 「…さあ」 私は、 答えた。 「わからないわ」
「僕、 お寺さんに、 連絡しないと。 納骨の、 日程を…」 「健人」 私は、 彼を、 遮った。
「お寺には、 行かないわ」 「え?」 「この骨壷は、 お墓には、 入れない」
健人が、 困惑した顔で、 私を、 見た。 「じゃあ、 どこに…」
私は、 窓の外を、 見つめた。 あの、 懐かしい、 田園風景。 嵐が、 嘘のように、 空は、 青い。
「家に、 帰るのよ」 私は、 骨壷を、 抱きしめ直した。
「お母さんを、 あの人の、 一番、 いたかった、 場所に、 連れて帰るの」
列車が、 ゆっくりと、 速度を、 落とし始めた。 見慣れた、 駅が、 近づいてくる。
ホームに、 降り立つ。 空気が、 冷たい。 だが、 澄みきっている。 風が、 微かに、 匂いを、 運んでくる。
それは、 あの日、 嵐の、 畑で、 嗅いだ、 土と、 水の、 匂い。 そして、 その奥に、
かすかな、 白菊の、 匂いが、 混じっていた。
[Word Count: 2841]
HỒI 3 – PHẦN 2
家に着いた。 健人が、重い玄関の引き戸を開ける。 キイ、と、錆びた音が響いた。 中は、 ひんやりと、 冷え切っていた。 私たちが、 数日間、 留守にしていたからではない。 この家の、 「主(あるじ)」が、 いなくなったからだ。
いつもなら、 この時間、 家の中に、 かすかな、 菊の匂いと、 線香の匂いが、 混じり合って、 漂っているはずだった。 だが、 今は、 何もない。 ただ、 古い木と、 畳と、 埃の匂いだけが、 私たちを、 出迎えた。 まるで、 見知らぬ、 家に来たようだった。
「…母さん」 健人が、 誰もいない、 暗い土間に向かって、 かすれた声で、 呼びかけた。 「ただいま…」 返事は、 ない。 彼の、 「ただいま」は、 冷たい空気に、 吸い込まれて、 消えた。 健人の肩が、 小さく、 震えている。 また、 泣き出してしまうだろうか。
私は、 彼を、 そっと、 追い越した。 靴を脱ぎ、 畳の上に、 上がる。 そして、 骨壷を、 抱きしめたまま、 居間に、 向かった。 仏壇が、 ある、 部屋だ。
私は、 仏壇の、 真ん前に、 あぐらを、 かいて、 座った。 そして、 膝の上に、 置いていた、 あの、 土色の、 不格カコウな、 骨壷を、 ゆっくりと、 畳の、 上に、 置いた。
シズエさんの、 遺影は、 まだ、 ない。 健人が、 葬儀社に、 頼んだまま、 まだ、 受け取って、 いなかった。
だから、 そこには、 何もない。 仏壇の、 暗い、 金色の、 扉だけが、 ぼんやりと、 開いている。 その、 真ん前に、 この、 骨壷が、 一つ。 奇妙な、 光景だった。
(さて) 私は、 思った。 (お母さん。 あなたは、 帰ってきたわ) (でも、 ここは、 あなたの、 居場所じゃ、 ないのよね)
私は、 骨壷の、 ざらりとした、 表面を、 そっと、 撫でた。 冷たくも、 温かくも、 なかった。 ただ、 「土」の、 感触が、 した。
健人も、 居間に、 入ってきた。 彼は、 放心したように、 部屋の、 真ん中に、 立ち尽くしていた。 「…どうしよう」 彼が、 呟いた。 「何から、 手を、 つけたら、 いいのか…」 「…そうね」 私は、 答えた。
この家は、 シズエさんの、 「王国」だった。 彼女が、 すべてを、 管理していた。 通帳が、 どこにあるのか。 農協との、 契約書は、 どこか。 私たち、 夫婦は、 何も、 知らなかった。 いや、 知ろうと、 してこなかった。 シズエさんに、 すべてを、 押し付けて、 私たちは、 それぞれの、 世界に、 閉じこもっていた。 私は、 小屋に。 健人は、 学校と、 私たち、 二人の、 板挟みに。
健人は、 吸い寄せられるように、 仏壇の、 横にある、 古い、 桐の、 箪笥(たんす)に、 向かった。 それは、 シズエさんが、 嫁いできた時から、 ある、 という、 黒光りした、 立派な、 箪笥だった。 私は、 彼女が、 その、 引き出しを、 開けるのを、 一度も、 見たことが、 なかった。
「母さんの、 大事なものは、 いつも、 この中に…」 健人が、 呟きながら、 一番、 下の、 大きな、 引き出しに、 手をかけた。 重い、 音が、 した。
中には、 古い、 風呂敷包みが、 ぎっしりと、 詰まっていた。 健人は、 ためらいながら、 それを、 一つ、 一つ、 畳の、 上に、 広げていく。
古い、 通帳が、 出てきた。 菊の、 出荷伝票の、 束。 農協の、 組合員証。 どれも、 シズエさんの、 生きてきた、 証しだった。
「あ…」 健人が、 手を、 止めた。 風呂敷の、 一番、 奥。 他の、 書類とは、 別に、 ぽつんと、 置かれた、 一つの、 箱。
それは、 桐の、 箪笥には、 不釣り合いな、 黒っぽい、 小さな、 木箱だった。 使い込まれて、 角が、 丸くなっている。 表面には、 細かい、 傷が、 無数に、 ついていた。
そして、 その、 木箱には、 小さな、 真鍮(しんちゅう)の、 鍵穴が、 ついていた。 錆びた、 古い、 鍵穴だ。
「これ…」 健人は、 その、 木箱を、 そっと、 両手で、 持ち上げた。 「これ、 なんだろう…」
彼は、 箱を、 振ってみた。 カラカラ、 と、 中で、 何かが、 転がる、 乾いた、 音が、 した。
「開かないな」 彼は、 蓋を、 持ち上げようと、 したが、 鍵が、 かかっていた。 「鍵は…」 彼は、 箱を、 ひっくり返した。
「あ」
箱の、 裏側に、 小さな、 セロハンテープで、 一本の、 もっと、 小さな、 錆びた、 鍵が、 貼り付けられていた。 まるで、 「開けてごらん」と、 言っているかのように。
健人は、 テープを、 剥がし、 小さな、 鍵を、 手にした。 そして、 鍵穴に、 差し込もうとして… ふと、 手を、 止めた。
彼は、 私を、 見た。 その目は、 おびえているようでもあり、 何かを、 懇願しているようでも、 あった。
「…亜希子」 「…なに?」 「これ…」 彼は、 木箱と、 鍵を、 私に、 差し出した。 「僕じゃなくて、 君が、 開けてくれ」
「…私?」 「なぜ?」 私は、 戸惑った。 なぜ、 私が。 これは、 シズEさんの、 秘密の、 箱だ。 息子の、 健人が、 開けるべきものだ。
「わからない」 健人は、 首を、 振った。 「でも、 そんな、 気がするんだ」 「母さんは、 僕に、 見られたくない、 何かを、 隠してた。 でも、 亜希子になら…」
彼は、 何を、 言っているのだろう。 私ほど、 シズエさんに、 嫌われていた、 人間は、 いないのに。 私ほど、 彼女の、 秘密から、 遠い、 人間は、 いないのに。
だが、 私は、 彼の、 言う通りにした。 彼の、 震える手から、 木箱と、 鍵を、 受け取った。 木箱は、 ずしりと、 重かった。
私は、 骨壷の、 隣に、 座り直した。 そして、 ゆっくりと、 鍵を、 鍵穴に、 差し込んだ。 回す。 ギ、 と、 錆びた、 金属が、 こすれる、 音がした。 そして、 カチリ、 と、 小さな、 手応え。
鍵が、 開いた。
私は、 健人を、 見た。 彼は、 固唾(かたず)を、 飲んで、 私を、 見ている。 私は、 再び、 木箱に、 視線を、 戻した。 そして、 ゆっくりと、 蓋を、 持ち上げた。
中は、 暗かった。 ツン、 と、 古い、 防虫剤の、 匂いが、 した。 樟脳(しょうのう)の、 匂い。 懐かしい、 匂いだ。
一番、 上に、 あったのは、 黄色く、 変色した、 布だった。 ガーゼのような、 柔らかい、 布。 広げてみる。 それは、 赤ん坊の、 肌着だった。 小さな、 小さな、 産着。 あちこちに、 茶色い、 シミが、 浮いている。
(ああ…) 私は、 息を、 呑んだ。 これは、 健人が、 話していた、 あの、 流産した、 子供の、 ものだ。 シズエさんが、 一人で、 裏山に、 埋めた、 という、 あの子の…。 彼女は、 これを、 ずっと、 持っていたのか。 六十年近くも、 この、 小さな、 箱の、 中に、 隠して…。
胸が、 締め付けられた。 健人が、 隣で、 「う」 と、 呻くのが、 聞こえた。 彼も、 気づいたのだ。
私は、 そっと、 産着を、 畳んだ。 その、 下に、 まだ、 何か、 ある。
私の、 指先が、 硬い、 何かに、 触れた。 ゴツゴツとした、 感触。 布に、 くるまれても、 いない。 無造作に、 放り込まれた、 という、 感じだ。
つまみ上げる。 それは、 私の、 目にも、 見慣れた、 ものだった。
青い、 陶器の、 かけら。
私は、 言葉を、 失った。 手の、 震えが、 止まらない。 それは、 私が、 焼いた、 青磁の、 茶碗の、 破片だった。
いつ? どこで? いや、 違う。 私は、 これを、 知っている。 鮮明に、 覚えている。
二十年… いや、 十五年、 くらい前、 だろうか。 私が、 あの、 「氷の器」を、 盛んに、 作っていた、 頃だ。 窯から、 出した、 瞬間に、 ピシリ、 と、 ヒビが、 入った、 作品。 失敗作だ。 私は、 悔しくて、 それを、 金槌で、 叩き割り、 小屋の、 裏の、 廃材置き場に、 投げ捨てた。 あの時の、 かけらだ。 間違い、 ない。
なぜ? なぜ、 これが、 ここに、 ある? あの人は、 私の、 陶芸を、 「遊び」だと、 「金にもならん」と、 罵(ののし)って、 いた、 はずだ。 私が、 憎しみを、 込めて、 叩き割った、 ゴミを、 あの人は、 いつの間に、 拾い上げた? そして、 なぜ、 こんな、 六十年、 もの、 秘密の、 箱に、 自分を、 苦しめた、 赤ん坊の、 産着と、 一緒に、 入れて、 いた?
わからない。 何も、 わからない。 頭が、 混乱して、 どうにかなってしまいそうだった。
「…亜希子?」 健人が、 不安そうな、 顔で、 私を、 見ている。
私は、 首を、 振る、 ことしか、 できなかった。 そして、 箱の、 一番、 底に、 残されていた、 最後の、 ものに、 手を、 伸ばした。
それは、 一通の、 封筒だった。 茶色く、 変色した、 和紙の、 封筒。 筆で、 何か、 書かれている。
宛名は、 健人では、 なかった。
『亜希子 へ』
私の、 名前が、 そこには、 あった。 シズエさんの、 あの、 角張った、 クセの、 ある、 だが、 力強い、 文字で。
「…うそ」 声が、 漏れた。 私に? あの人が、 私に、 手紙?
裏返してみる。 封は、 閉じられていない。 ただ、 三つ折りに、 された、 便箋が、 入っている、 だけ。 差出人の、 名前は、 ない。
健人が、 私の、 手元を、 覗き込み、 息を、 呑んだ。 「母さんが… 君に…?」
私は、 ゴクリ、 と、 生唾を、 飲み込んだ。 震える、 指で、 封筒から、 便箋を、 取り出す。 何枚か、 重なっている。 重い。
開くのが、 怖かった。 ここに、 何が、 書かれているのか。 二十五年間の、 憎しみの、 答えが、 あるのか。 それとも、 最後の、 呪いの、 言葉か。
私は、 隣に、 置かれた、 土色の、 骨壷を、 見た。 シズエさんは、 もう、 ここには、 いない。 だが、 彼女の、 声が、 今、 まさに、 私に、 届こうと、 していた。 死を、 越えて。
私は、 覚悟を、 決めた。 息を、 吸い込む。
そして、 十五年の、 時を、 経た、 その、 手紙を、 開いた。
[Word Count: 2898]
HỒI 3 – PHẦN 3
(手紙の内容)
亜希子へ。
この手紙を読んでいる時には、私はもうこの世にいないだろう。 たぶん、あなたは少しも悲しくないだろう。それでいい。
あなたは私を憎んでいる。私は知っている。 あなたの憎しみは、二十五年間、私を支える柱だった。 私は、あなたが憎しみを抱えて生きていてくれることが、心のどこかで安堵だった。
なぜなら、もしあなたが私を許してしまったら、あなたはきっとこの家から出て行ってしまうだろうから。 そして、その憎しみを失ったら、あなたの「創造」の火も消えてしまうだろうから。
あの子が死んだ日、私はあなたに、一番残酷な言葉を吐いた。 「土は、待ってくれない」と。
あの時、あなたは、私に抱きしめて欲しかっただろう。 一緒に泣いて欲しかっただろう。 私は、そうするべきだった。 だが、できなかった。
あなたは、血の繋がらない私には、想像もできないほどの、才能と自由を持っていた。 あなたは、この私と同じように、畑の泥に、その才能を埋もれさせてはいけない人間だった。
私自身の、あの子が死んだ日のことを思い出すたびに、私は恐怖で震えた。 私は、誰にも助けられず、ただ「土のために」と、自分の心を殺した。 そして、自分を殺したことへの罰として、あの姑の言葉を、自分自身に課し続けた。
あなたが倒れた時、私は見た。 私の目の前には、血まみれの、二十五歳の、私自身がいた。 私は、あなたが私と同じ道に進むことが、何よりも怖かった。
だから、私はあなたを突き放した。 突き放して、あなたの心に、憎しみという「壁」を作らせた。 その壁の向こうで、あなたは安全に陶芸を続けられる。 あなたの陶芸小屋は、私が死んでも、誰にも侵されない聖域だ。 私は、あなたに、私と同じように、菊の土に魂を捧げることだけはさせたくなかった。
あなたの陶芸を「遊びだ」と罵ったのは、嘘ではない。 私にとって、芸術は贅沢だ。 だが、あなたの割れた破片を、私は十五年前に拾った。 あの時、あなたは怒りに任せて、自分の作品を壊した。 私は、あなたの怒りの破片を、この箱に入れた。 それは、私たちが、同じ痛みを持っていたことの証だ。
私は、この箱を、健人ではなく、あなたに開けて欲しかった。 あなたは、私の息子ではない。 だから、あなたは、私を許すことも、理解することもできる。 健人は、私が彼の母親だから、私のことを、美化してしまうだろう。 だが、あなたは違う。
あなたは、憎しみを乗り越えて、私という人間の、奥底にある、あの「泣いている女」を見つけることができる。 私は、それを、ずっと待っていた。 二十五年間。
憎んでくれて、ありがとう、亜希子。 あなたの憎しみは、あなたの才能を守った。 あなたの自由を守った。
もう、私はいない。 あなたは、自由だ。 この家を出て行ってもいい。 この土地を売ってもいい。 健人には、優しくしてあげて。彼は優しいが、弱い。
最後に、一つだけ。 もし、この地で、あなたが、私を埋葬してくれるなら… 私が、六十年前に、一人で土に還した、あの子の隣に。 いや、違う。
あなたの、 一番愛した、 あの、 白菊の、 畑に。 私を、 撒いてほしい。
私は、 土に、 還りたい。 そして、 あなたの、 作った、 器に、 囲まれて、 眠りたい。
亜希子。 私の、 頑なな、 魂を、 どうか、 安らかに、 してやってほしい。
さようなら。 シズエ
私は、手紙を、読み終えた。 そして、 一呼吸、 二呼吸。 静かに、 その、 何枚もの、 黄ばんだ便箋を、 畳の、 上に、 置いた。
健人が、 すすり泣きながら、 私を、 覗き込む。 「…なんて、書いてあったんだ?」
私は、 ゆっくりと、 顔を、 上げた。 私の、 目からは、 涙は、 出ていなかった。 だが、 私の、 頬は、 びしょ濡れだった。 いつから、 泣いていたのだろうか。 涙腺が、 壊れた、 というよりも、 心の、 奥底から、 血を、 流している、 ような、 感覚だった。
「…手紙は」 私は、 かすれた、 声で、 言った。 「私と、 健人の、 ための、 呪文だったわ」
私は、 手紙を、 健人に、 渡した。 彼は、 混乱しながら、 それを、 受け取る。
私は、 その、 健人が、 手紙を、 読み始める、 瞬間を、 見ていなかった。 私は、 立ち上がっていた。
「亜希子、 どこへ?」 健人が、 焦った、 声で、 言う。
私は、 答えず、 部屋の、 隅に、 置いてあった、 一つの、 ものに、 向かった。 それは、 庭から、 持ってきた、 小さな、 スコップだった。
そして、 あの、 土色の、 骨壷を、 両手で、 抱き上げた。
「亜希子!」 健人が、 手紙を、 畳の上に、 放り投げて、 私を、 追いかけてきた。 彼の、 顔は、 涙で、 ぐしゃぐしゃだった。 彼は、 手紙の、 すべてを、 理解した、 のだろう。
私は、 彼を、 振り切って、 家から、 飛び出した。 向かう先は、 一つ。
家の、 裏手に、 広がる、 あの、 白菊の、 畑だ。
空は、 青く、 風は、 穏やかだった。 台風の、 痕跡は、 まだ、 残っていたが、 畑は、 たくましく、 息を、 吹き返していた。
私は、 畑の、 真ん中に、 立った。 そして、 スコップで、 土を、 掘り始めた。 湿って、 重い、 土。 シズエさんが、 愛し続けた、 土。
健人が、 私の、 後ろに、 追いついた。 「亜希子! やめろ! お寺に、 納骨する、 のが、 母さんの、 望みだ!」 「違うわ!」 私は、 叫んだ。 「お母さんは、 ここに、 還りたかったのよ!」
私は、 手紙の、 最後を、 思い出した。 (私の、頑なな魂を、どうか、安らかに、してやってほしい。) その、 言葉が、 私の、 胸を、 締め付けた。
掘る。 掘る。 掘る。 深く、 掘る。 スコットの、 先が、 硬い、 土の層を、 突き破る。
やがて、 穴が、 開いた。 この、 白菊が、 咲き誇る、 畑の、 真ん中に。
私は、 穴の、 縁に、 膝を、 ついた。 そして、 骨壷の、 蓋を、 開けた。 中は、 白い、 骨の、 粉。
私は、 スコップを、 使い、 骨の、 粉を、 土の、 穴の、 中に、 少しずつ、 撒き始めた。
白い、 骨が、 茶色い、 土に、 還っていく。 土に、 溶け込んでいく。
シズエさんの、 魂が、 あの、 憎しみと、 誤解から、 解放されていく、 ようだった。
骨壷が、 空になった。 私は、 その、 土色の、 不格好な、 壺を、 穴の、 中に、 そっと、 置いた。 そして、 スコップを、 使わず、 自分の、 両手で、 土を、 かぶせて、 いった。
土を、 こねる、 私の、 手。 今、 私の、 手は、 シズエさんの、 魂が、 還った、 この、 土を、 握りしめている。
私は、 完全に、 自由になった。 憎しみも、 誤解も、 すべてが、 終わった。
私は、 その、 土の、 山に、 顔を、 近づけた。 土の、 匂いが、 した。 そして、 菊の、 匂いが、 した。
私は、 小さく、 囁いた。
「母さん」 「私は、 もう、 自由よ」
「でも」
私は、 涙を、 流しながら、 笑った。 その、 涙は、 もう、 悲しみや、 怒りの、 涙では、 なかった。 それは、 長すぎる、 旅から、 帰ってきた、 安堵の、 涙だった。
「でも、 もし、 もう一度、 やり直せると、 しても…」
私は、 土を、 優しく、 撫でた。
「私、 あなたから、 逃げたり、 しないわ」
「私、 あなたの、 意地悪な、 息子を、 選んだ」
「私、 この、 菊の、 匂いのする、 家を、 選んだ」
「私、 もう一度、 あなたの、 意地悪な、 コン・ダウ・メ (con dâu mẹ) を、 選ぶわ」 (母さんの嫁を、選ぶわ)
私の、 涙が、 土の、 中に、 染み込んでいく。
健人が、 私の、 隣で、 一緒に、 泣いていた。 彼は、 もう、 泣き疲れて、 立てない、 ようだった。
私は、 立ち上がり、 空を見上げた。
空は、 どこまでも、 青い。 そして、 白菊は、 風に、 揺れていた。
それは、 彼女の、 魂の、 解放の、 ダンスだった。
[Word Count: 2824]
[Tổng số từ toàn bộ kịch bản: 28867] → Kết thúc Hồi 3
TÓM TẮT TIẾNG VIỆT
DÀN Ý KỊCH BẢN CHI TIẾT
Tựa đề (Tiếng Việt): Cánh Đồng Cúc Trắng Của Mẹ Tựa đề (Tiếng Nhật): 母の白菊 (Haha no Shiragiku) Ngôi kể: Ngôi thứ nhất (Tôi – Akiko)
Nhân Vật Chính:
- Tôi (Akiko – 亜希子): 48 tuổi. Người kể chuyện. Một nghệ nhân gốm sứ đương đại. Cô từng là người phụ nữ thành thị, tự do, mạnh mẽ. Cuộc hôn nhân với Kento đã đưa cô về một vùng quê hẻo lánh, và vào một cuộc chiến tranh lạnh 25 năm với mẹ chồng.
- Mẹ Chồng (Shizue – シズエ): Mất ở tuổi 75. Một người phụ nữ truyền thống, góa bụa sớm, lạnh lùng và cứng rắn. Bà là chủ nhân của một trang trại hoa cúc trắng (loại hoa cúc dùng trong tang lễ và thờ cúng) rộng lớn. Bà xem cánh đồng đó là sinh mạng và trách nhiệm.
- Chồng (Kento – 健人): 50 tuổi. Con trai duy nhất của Shizue. Một giáo viên địa phương. Anh tốt bụng, yêu vợ, nhưng nhu nhược và luôn bị kẹt giữa mẹ và vợ, gây ra sự cô độc cho Akiko.
HỒI 1: OÁN HẬN (Sự Đóng Băng) (Mục tiêu: Thiết lập sự ngột ngạt, lý do của sự oán hận, và bi kịch mấu chốt)
- Phần 1.1: Tro Cốt Lạnh
- Mở đầu (Hiện tại): Akiko (48 tuổi) ngồi trên tàu, ôm một hũ tro cốt bằng gốm (do chính cô làm). Cảnh vật nông thôn Nhật Bản lướt qua. Cô bình thản đến đáng sợ. Kento ngồi cạnh, mệt mỏi. Đây là tro cốt của mẹ chồng cô, Shizue.
- Cảm xúc đầu tiên của Akiko khi nghe tin mẹ mất: Không phải đau buồn, mà là “một khoảng trống rỗng”. Sự oán hận kéo dài 25 năm đột nhiên mất đi mục tiêu.
- Flashback (25 năm trước – “Ngày đầu”): Akiko (23 tuổi), một nghệ sĩ gốm trẻ, theo Kento về ra mắt. Shizue (50 tuổi) đang làm việc trên cánh đồng hoa cúc trắng. Bà không nhìn Akiko. Bà chỉ nhìn đôi tay của Akiko và nói: “Đôi tay để nặn đất sét thì không phải là đôi tay để vun trồng.” (Gieo mầm mống xung đột: Gốm Sứ – sự sáng tạo cá nhân, đối lập với Hoa Cúc – sự hy sinh truyền thống).
- Phần 1.2: Đất Không Đợi Người
- Cuộc sống làm dâu: Shizue áp đặt một kỷ luật thép. Akiko, với bản tính nghệ sĩ, cảm thấy bị bóp nghẹt. Mọi thứ cô làm đều sai. Cách cô nấu ăn, cách cô pha trà, và nhất là việc cô “lãng phí thời gian” ở xưởng gốm thay vì ra đồng.
- Kento, như thường lệ, chỉ nói: “Mẹ chỉ có ý tốt, em ráng một chút.” Akiko cảm thấy cô độc.
- Hy vọng le lói: Akiko có thai. Đây là cơ hội để cô được công nhận, để thuộc về nơi này. Cô bắt đầu làm việc ở cả xưởng gốm và đồng hoa cúc, cố gắng gấp đôi để làm hài lòng mẹ chồng.
- Phần 1.3: Sự Sụp Đổ
- Bi kịch trung tâm: Akiko làm việc quá sức và bị sảy thai. Cô mất đứa con đầu lòng.
- Khi cô trở về từ bệnh viện, tan nát và trống rỗng, cô thấy Shizue vẫn đang bình thản tỉa hoa cúc.
- Akiko chờ đợi một lời an ủi, một cái ôm. Nhưng Shizue chỉ quay lại, nhìn cô, và nói một câu đã đóng băng trái tim Akiko suốt 25 năm: “Đứa trẻ không có duyên. Đất không đợi người. Ngày mai hoa cúc phải giao.”
- Kết Hồi 1 (Cliffhanger): Akiko đứng đó, nhìn bóng lưng mẹ chồng. Oán hận không chỉ là một cảm xúc, nó là một quyết định. Cô quyết định sẽ hận người phụ nữ này. Cô quay lưng với cánh đồng cúc, đi về xưởng gốm. Cuộc chiến tranh lạnh bắt đầu.
HỒI 2: RẠN NỨT (Sự Thật Ẩn Giấu) (Mục tiêu: Đẩy mâu thuẫn lên cao, Akiko và Shizue sống như hai tảng băng, và bắt đầu hé lộ những sự thật bị chôn vùi qua những hành động nhỏ)
- Phần 2.1: Hai Thế Giới Song Song
- Thời gian trôi đi (Montage): Akiko và Shizue sống chung nhà nhưng không “tồn tại” trong thế giới của nhau. Akiko tạo ra những tác phẩm gốm tuyệt đẹp nhưng lạnh lùng. Shizue tiếp tục mở rộng cánh đồng hoa cúc, biến nó thành nguồn sống của cả gia đình.
- Họ không bao giờ ăn chung nếu không có Kento. Akiko chỉ nấu phần ăn của mình. Shizue chỉ ăn đồ bà tự trồng. Sự im lặng là vũ khí của họ.
- Akiko trở nên nổi tiếng trong giới gốm sứ. Cô có thể rời đi, nhưng cô ở lại. “Tôi ở lại không phải vì Kento. Tôi ở lại vì nếu tôi đi, bà ấy sẽ thắng.”
- Phần 2.2: Cơn Bão
- Một cơn bão lớn ập đến. Cả cánh đồng hoa cúc có nguy cơ bị hủy diệt. Shizue (lúc này đã ngoài 70, nhưng vẫn cố chấp) một mình lao ra đồng để gia cố.
- Kento đi vắng (công tác). Akiko, từ xưởng gốm, nhìn thấy mẹ chồng vật lộn trong mưa.
- Một phần trong cô hả hê. Nhưng một phần khác (bản năng con người) thúc giục cô. Cô lao ra, không phải vì tình thương, mà vì “trách nhiệm”.
- Họ cùng nhau cứu lấy cánh đồng. Họ không nói một lời nào. Chỉ có tiếng mưa và tiếng thở dốc.
- Phần 2.3: Tay Của Mẹ
- Hậu quả cơn bão: Shizue bị viêm phổi nặng. Bà nằm liệt giường.
- Akiko (bất đắc dĩ) phải chăm sóc bà. Đây là lần đầu tiên cô chạm vào mẹ chồng sau nhiều năm.
- Khi thay đồ cho bà, Akiko sững sờ khi nhìn thấy cơ thể già nua của Shizue. Và đặc biệt là đôi bàn tay: chai sạn, biến dạng, đầy sẹo vì hàng chục năm làm lụng. Nó hoàn toàn trái ngược với đôi tay nghệ sĩ của Akiko.
- (Gieo mầm mống Twist): Trong lúc sốt mê man, Shizue nắm lấy tay Akiko. Bà không mở mắt. Bà thì thầm: “Xin lỗi… con…”
- Akiko nghĩ Shizue nói với Kento. Nhưng Shizue nói tiếp: “… Đứa bé… Lạnh quá…”
- Akiko rút tay lại. Lần đầu tiên, sự oán hận của cô có một vết nứt.
- Phần 2.4: Lời Thú Tội Muộn Màng
- Shizue yếu đi nhanh chóng sau cơn bệnh. Kento, cảm thấy tội lỗi và sợ hãi, cuối cùng đã thú nhận với Akiko (điều mà anh giấu cô suốt 25 năm).
- SỰ THẬT: Shizue cũng từng bị sảy thai khi còn trẻ, trong hoàn cảnh còn bi thảm hơn. Mẹ chồng (bà của Kento) khi đó cũng bắt bà làm việc.
- SỰ THẬT (THE TWIST): Ngày Akiko mất con, Shizue nói “Đất không đợi người”, không phải nói với Akiko. Bà đang lặp lại câu mà mẹ chồng của bà đã nói với bà. Bà nói câu đó với chính mình, với số phận của mình.
- Bà lạnh lùng, là vì bà sợ. Bà sợ nếu bà an ủi Akiko, bà sẽ nhìn thấy chính mình trong đó, và cả hai sẽ cùng sụp đổ. Bà chọn cách cứng rắn để cả hai “tiếp tục sống”.
- Kết Hồi 2: Akiko nghe Kento nói. 25 năm oán hận… tan vỡ. Đó là một sự hiểu lầm bi thảm. Cô nhìn vào phòng mẹ chồng. Shizue đang ngủ. Akiko muốn chạy vào, muốn lay bà dậy, muốn gào thét “Tại sao mẹ không nói?”… Nhưng cô không thể.
HỒI 3: HOA CÚC TRẮNG (Sự Chữa Lành) (Mục tiêu: Hành trình trở về, sự thật cuối cùng được tiết lộ, và sự hòa giải ở cấp độ tinh thần)
- Phần 3.1: Chuyến Tàu Trở Về
- (Quay lại hiện tại). Akiko trên tàu, ôm hũ tro cốt. Bây giờ, khán giả hiểu được sức nặng của hũ tro cốt này.
- Shizue đã mất trong bệnh viện vài ngày sau đó. Akiko đã ở bên cạnh bà, nhưng Shizue không tỉnh lại nữa. Họ đã không có cuộc trò chuyện cuối cùng.
- Akiko đã tự tay làm hũ tro cốt. Cô nung nó bằng tất cả cảm xúc hỗn loạn của mình.
- Cô quyết định mang mẹ về nhà, về với cánh đồng hoa cúc.
- Phần 3.2: Chiếc Hộp Gỗ Cũ
- Về đến nhà. Ngôi nhà lạnh lẽo. Kento, khi dọn dẹp đồ của mẹ, tìm thấy một chiếc hộp gỗ cũ kỹ Shizue luôn khóa.
- Anh đưa cho Akiko. Chìa khóa ở dưới đáy hộp.
- Bên trong không có gì quý giá: vài món đồ trẻ con, và… một bức tượng gốm nhỏ bị vỡ (một tác phẩm lỗi từ xưởng của Akiko mà cô đã vứt đi 20 năm trước).
- Và một lá thư. Không phải cho Kento. Cho Akiko. Viết từ nhiều năm trước, nét chữ run rẩy của Shizue.
- Phần 3.3: Lời Thì Thầm Giữa Cánh Đồng
- Nội dung thư (Giải tỏa cuối cùng): “Gửi Akiko. Đôi tay con là để tạo ra cái đẹp vĩnh cửu. Đôi tay ta chỉ là để vun trồng cái đẹp tạm thời (hoa cúc). Ta đã sợ hãi. Ta sợ cái đẹp của con sẽ khiến con rời bỏ nơi này. Ta sợ con sẽ giống như ta, bị cánh đồng này nuốt chửng. Đừng để đất giữ chân con.”
- THE TWIST CUỐI: Sự nghiêm khắc của Shizue không phải là ghét bỏ, mà là một sự bảo vệ vụng về. Bà sợ Akiko lặp lại cuộc đời mình. Bà muốn Akiko giữ lấy xưởng gốm, giữ lấy tự do của mình.
- Akiko sụp đổ hoàn toàn. Cô ôm lá thư, chạy ra cánh đồng hoa cúc trắng đang nở rộ dưới ánh trăng.
- Cô đứng giữa cánh đồng. Gió thổi. Cô mở hũ tro cốt.
- Cô thì thầm, nói với gió, nói với linh hồn của Shizue: “Mẹ…” (Nước mắt cô rơi). “Nếu được làm lại…”
- “…con vẫn chọn làm con dâu mẹ.”
- Hình ảnh cuối cùng: Akiko (thợ gốm) dùng chính đôi tay nghệ sĩ của mình, trộn lẫn tro cốt của Shizue với đất của cánh đồng hoa cúc. Tay cô (gốm) và đất của mẹ (cúc) hòa làm một. Cô đã hiểu. Cô đã được tự do.
🎭 Tiêu Đề, Mô Tả & Prompt Ảnh Thumbnail (Tiếng Nhật)
🎬 Tiêu Đề Chính (Title):
嫁の憎しみが愛に変わった日 | 25年間の沈黙を破った義母の涙と白菊の秘密【感涙注意】
(Dịch nghĩa: Ngày mà sự căm ghét của nàng dâu biến thành tình yêu | Giọt nước mắt của mẹ chồng phá vỡ 25 năm im lặng và bí mật của hoa cúc trắng [Cảnh báo: Cảm động])
📝 Mô Tả Video (Description)
この物語は、25年間、互いを憎み合い、沈黙の中で生きてきた嫁・亜希子と義母・シズエの、あまりにも悲劇的な「愛の形」を描いた長編脚本です。
亜希子は、義母の冷酷な一言で我が子を失い、復讐のために義母の家を出ずに陶芸家としての道を歩み続けます。一方、シズエは、亡き姑から受け継いだ「土は待ってくれない」という呪いの言葉に縛られ、自分の心の傷を隠し続けていました。
台風で倒れた義母を看病する中で、亜希子は義母のうわ言から、**25年間続いた憎しみが、実は世代を超えた「悲しい誤解」**であったという衝撃の真実を知ります。
和解の時が来たと思った矢先、義母は息を引き取ります。
最後に残されたのは、一枚の手紙。その手紙には、義母が亜希子の才能と自由を守るために、どれほどの孤独と愛を犠牲にしたかという、想像を絶する告白が綴られていました。
物語の結末、亜希子は義母の遺言通り、彼女の魂を菊畑の土に還します。そして、憎しみの果てに、静かな愛と和解を見つけます。
この物語は、ただの嫁姑問題ではありません。家族の絆、自己犠牲、そして人生の孤独について深く考えさせられる感動のヒューマンドラマです。ハンカチをご用意の上、ご視聴ください。
🔑 キーワード (Keywords for Searchability):
| Tiếng Nhật | Tiếng Việt |
| 嫁姑問題 | Vấn đề mẹ chồng nàng dâu |
| 感動実話 | Câu chuyện cảm động |
| 家族の絆 | Tình cảm gia đình |
| 隠された真実 | Sự thật bị che giấu |
| 陶芸家 | Nghệ nhân gốm sứ |
| 白菊の畑 | Cánh đồng hoa cúc trắng |
| 25年間の沈黙 | 25 năm im lặng |
| 涙腺崩壊 | Khóc vỡ tuyến lệ |
| 人生ドラマ | Phim điện ảnh về cuộc đời |
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🖼️ Ảnh Thumbnail (Thumbnail Image Prompt)
Prompt:
Mood: Deeply emotional, Cinematic, Soft sunlight, High Contrast, Japanese aesthetic.
Scene: A close-up shot of an elegant Japanese woman (mid-40s, with slightly calloused, artistic hands) gently holding a small, unglazed clay urn (the bone urn). Her eyes are red-rimmed but calm, looking down at the urn. In the background, slightly out of focus, is a vast, white chrysanthemum (白菊 – shiragiku) field, bathed in the soft, golden light of late afternoon.
Text Overlay (Bold, clean Japanese font – centered):
メインテキスト: 嫁の憎しみが愛に変わった日
サブテキスト (Upper Corner): 義母の涙と25年の秘密
Style: Studio Ghibli-esque lighting, Bokeh effect on the flowers, Focus on the hands and the urn.
(Mô tả ảnh: Một bức ảnh cận cảnh giàu cảm xúc, mang tính điện ảnh và ánh sáng dịu nhẹ theo phong cách Nhật Bản. Khuôn mặt người phụ nữ (Akiko – khoảng 45 tuổi) với đôi mắt hơi đỏ nhưng bình thản, đang nhìn xuống hũ tro cốt bằng gốm không tráng men do chính cô làm. Lấy nét vào đôi tay nghệ sĩ và chiếc bình. Phông nền là một cánh đồng hoa cúc trắng (白菊) rộng lớn, hơi mờ, được tắm trong ánh sáng vàng dịu của buổi chiều tà. Chữ Tiếng Nhật nổi bật ở giữa.)